福島に住む友人。 | 詩人 黒田誉喜  Blog from globe

福島に住む友人。


いま僕は東京から故郷の三重に向かう新幹線の中にいる。

少しでも早く帰りたい一心で列車に乗り込んだのだけれど、

空腹のせいで疲労感に輪をかけた感じだ。

さっき横浜を出たので、名古屋までは落ち着いていられそうだ。

今回の上京の目的は僕の働く黒田モーター商会が所属する自動車鈑金事業者の集まりの為であった。

全国から仲間が集まってくる。

3月11日の東日本大震災で被災された仲間も元気な顔を見せてくれた。

昨夜の懇親会で
福島第一原発から60kmに位置する福島市内で自動車整備業を営む、5人の子持ちの仲間と話した。

彼の奥さんのお腹には6人目が宿っている。

凄い。6人の子持ち。

それだけでリスペクトしてしまう。

そんな彼は酒に酔いながらも、
今の気持ちを語ってくれた。

「 今の福島って、頑張ろう福島!じゃなくて、どうしよう福島。なんすよね。」

彼は続けた。

「 子供達は、線量を自分達で確認出来ない線量計を首から下げて生活してるんですよ。一月に一回提出して、また新しいのを貰うんす。俺たちは実験台なんすよ。少なくとも俺はそう思ってます。たぶん、世界中の研究者や国は、モニターを除くような感じで「福島の人、年間20ミリシーベルトでまだ生きてるじゃん。じゃあうちで事故が起こっても、それで大丈夫だな。」みたいなことになると思うんすよ。」

さらに彼は続けた。

「 震災前と、何にも変わんないんすよ。合わす顔ぶれもおんなじ、交通量もおんなじ、なーんも変わんないんすよ。麻痺しちゃうんすよ。」

「 国や県については、もう諦めてます。なーんにもしてくれない。」

「 除染の方が金が掛からないから。」

「 福島市周辺の人を避難させて保障する。人数が多過ぎて、保障出来ないっすよ。誰にも。だから除染を勧めてくるんす。高い線量が出てても除染すれば一定値まで下がると満足しちゃうんす。」

「 高い線量の車を洗うと下がるんすけど、乾くとまた上がるんすよ。放射能って突き刺さるんですね。嘘ばっかっす。」

「 国が危ないから逃げろって言われりゃ逃げますけど、今、なんのアナウンスもないし、全部自己責任で行動させられてるんすよ。」

彼は、僕と同様、父が経営する車屋に勤めている。

当初、社長も避難するどうか
かなり迷われたというが
お客さんや取引先の事を考えて
仕事を取り敢えず再開すると決めたという。

僕は、子供達や奥さんだけでも避難させないのかと訊ねた。

彼の奥さんも、「お客さんがいるから」と、残る決心をされ、
家族で話し合い決めたという。

「 全部正しいんですよ。危ないから逃げるって判断も正しいし不安を抱えながらも生活すると判断するのも正しいんす。もうわかんないんすよ。なーんにも変わらないから麻痺しちゃってるんすよ。」と繰り返した。

僕ならば、妻や子供達を一分でも早く避難させるだろう。

彼の奥さんや子供達にも避難して欲しいと心から思う。

でもそれは、僕の判断であって
彼らの判断ではない。



「 もし何年後かに子供達の首にチェルノブイリリングが入ってしまったら。。。子供達にごめんって言うしかないです。」と彼は言った。

僕は胸を締め付けられる思いだった。

何も言えなかった。

何にも言えなかった。



それと同時に

物凄い怒りが込み上げて来た。


国にだ。

政府にだ。

メディアにだ。

そして何も言えない自分にだ。


彼の住む原発から60km離れた福島市はあたりは0.9㎲/hの線量だという。

年間7.88㎳v

この線量が人体に及ぼす影響は
僕にはわからない。

彼は署名を集めていると言った。

福島の子供達が安心して暮らせるように求める署名。

僕は正直、奥さんや子供達だけでも避難するべきだろうと思った。

取り敢えず避難して、
年間7.88㎳vが安全と確認できるまで
離れ離れになるかもしれないが、
子供達に病気のリスクを負わせてはいけない。

子供達の首にチェルノブイリリングを入れるようなことは決してあってはいけない。



この日記を読んだ方の中でも

逃げりゃいいじゃないか。
と思う人も居ると思う。

僕も心底そう思う。

でも僕にはそれ以上何にも言えなかった。


何にも言えなかった。

福島に暮らす友人が、
家族で話に話し合い決めたことに対して、僕の言葉が入り込む隙はなかった。

故郷で、お客さんや周りの人のことを考えて仕事をし、不安を抱えながらも
一生懸命生きようとする友人は最後に言った。

「俺たちが何をしたんすかね。」


今も高い線量の中で暮らす人たちが沢山いる。

僕の友人と同じ気持ちで暮らす人々が大勢いる。





国はいったい何やってんだ!

僕たちはいったい何やってんだ!