西大寺展 ③
2、叡尊をめぐる信仰の美術
都が平安京に移ると奈良の社寺は苦難の時代を迎えます。特に、創建直後に庇護者を失った西大寺の状況は深刻でした。しかし、鎌倉時代に中興の祖、叡尊(えいそん)(1201~90)が登場します。「興法利生(こうぼうりしょう)」(仏教を盛んにし、人民を救済すること)の理念を掲げ、戒律を復興した叡尊は、釈迦本来の仏教に立ち返り、釈迦信仰を核とする独自の宗教活動・慈善事業を展開していきました。密教に律宗の教えを組み合わせた「密・律兼修の道場」として、西大寺は再興を果たすのです。
第2章では、昨年新たに国宝に指定された叡尊の肖像彫刻や、本尊「釈迦如来立像」をはじめとする西大寺の名宝を通して、叡尊にまつわる信仰と美術を紹介します。
●興法菩薩坐像
叡尊の弟子たちにより造立された叡尊80歳の寿像です。口を結んで前方を見据えた理知的な表情、背筋を伸ばしどっしりと構えた威厳ある風貌、頭部に表された血管や肌の質感など叡尊本人がいるような像です。
●愛染明王坐像
愛染明王坐像は西大寺愛染須弥壇の厨子に秘本尊として祀られています。この仏像は愛欲を悟りに変える密教の仏さまです。蒙古襲来のとき、叡尊が岩清水八幡宮で祈祷すると、愛染明王の持つ弓が西へ飛び、風を起こし、元軍は撤退したと伝わっています。
● 太山王坐像
太山王は泰山府君ともいい冥界で死者を裁く十王の一人で「閻魔」さまと呼ばれています。太山王の表情は眉をつりあげ目を怒らせて厳しい表情でにらみつけています。
