今日も東京は朝から青空が広がっています。


そして、空気はキンキンに冷えています。




さて、昨夜はテレビを見ていました。


関西・淡路大震災


あれから15年


その当時の神戸新聞の人々のドラマ





15年前の今日



その朝の記憶が蘇ってきました。





朝6時25分頃、


タイマーをセットしていたテレビデオの音で目が覚める


当然、大地震の臨時報道がはじまっていて、大地震が起こったことを知る


親友一家が須磨に住んでいたので、すぐ電話をかける。


何度も、何度も。


しかし、コール音はするが誰も出ない・・・


公衆電話ならつながるかもと外に出て電話をかける。


何度も、何度も。


しかし、聞こえてくるのはコール音だけ・・・


仕方なく家に戻る


再びテレビをつける。


画面に映し出された現場の映像が目に飛び込んでくる。






一体、これは・・・






もう、絶句でした。




それからはもう、



無事でいてくれることを信じて、


伝言ダイヤルに伝言を残し、


被災者情報を食い入るように見ては、



その情報が、


被害に遭った方たちの氏名


であるにもかかわらず、




友の名前がないことに安堵していました。


複雑な思いを抱きながら。











神戸に遊びに行っては泊めてもらった家は全壊でしたが、


幸い、親友一家は無事でした。









その後も、大きな地震、津波などが起きています。


そのつど大きな被害が。


そこにはひとりひとり生身の人間が苦しんでいる




今もまさにハイチで大きな被害が出ています。



しかし、心のどこかで傍観者でいる自分がいます。



今この瞬間にも、自分が同じ状況に陥る可能性があるにもかかわらず。





もし、絶望の淵に追いやられた時


オイラは何が出来る







かな