さてさて引き続き冤罪の問題とも関連すると思っているのですが、

今回は時効制度の見直しについて書いてみます。


どう見直すかという結論を先に言いますと、

時効の期間を延ばす。

と同時に、

②再審申立てがされている事件については時効の進行は停止する。

と変えるべきと思うのです。


理由のその1は、刑法が作られた明治時代と今とでは証拠や現場の状況の

保存技術は格段に違う、ということ。

時効という制度があるのは、時間が経過してしまうと当時のことを証明する

のは難しい、ということが大きな理由になっているのでしょう。

だとすれば、時間が経過しても証拠を保全できるなら、期間を延ばしても

良いのではと思うんです。


理由その2。真犯人が、「針のむしろ」生活に耐え切れなくなる、ということ。

真犯人は、時効が完成するまでの間は息を潜め、生きた心地のしない日々

送っているはずです。

その期間が、「5年」とか「10年」とかはっきりしているとなんとか逃げ切ろう

とする人間は結構いると思うんです。

ところが、再審申立てがされると時効が停止してしまうということになると、

いつ再審請求がされるかわからないですし、

再審手続きが始まるといつまで継続するのかもわからない。

そうなると、真犯人としては、一体いつまで我慢すればよいのかわからなく

なるでしょう。

苦しい生活はいつ果てるともない。

何十年も続けられるだろうか?

下手をすれば、この針のむしろのような生活で一生を終えることにもなり

かねない。

いっそのこと自首して一定の刑期を全うし、人生をやり直した方が、どれほど

楽で良いか。

そう考えて名乗り出る真犯人が増えるのではないか

と思うんですね。

さらに、このことは、そもそも、犯罪を思いとどまる人間も増えるという効果も

期待できるのではないかな。


犯罪の被害者にとっては、誰かが処罰されればいいのではなく、真犯人が

処罰されることが望みのわけだし、ましてや、自分が被害にあった犯罪のた

に、何の罪もない人が冤罪で刑罰を科されるという理不尽な被害にあう

なんて、微塵も望んでいないでしょう。

しかも、真犯人は罪に問われずに逃れのびてしまうなんて。


被害者の心情を考えると、何年経とうとも、罪を償うべき人間に罪を償わ

せることが望ましいし、万一、自分が冤罪被害にあったとしたら・・・。

自分が再審の戦いをしている間に、真犯人が時効成立でお咎めなしー

なんてことになったら、そんなの納得できないのではないでしょうか。

オイラならそんなのイヤだな。


以上、居酒屋でのオジサントークではありましたが、なんかスッキリしま

たぁー。

お付き合い下さった方、ありがとうございました。


また、そのうち、なんか「ちょっと真面目に」シリーズ書こう。かな。