昨日はほぼ一日中ギターを抱え、あーでもない、こーかしらと楽曲製作に明け暮れテレビやラジオもオフのまま過ごしていた。ゆえに、今朝のテレビを見てびっくり!!

コアなファンではないけれど、音楽をこよなく愛する者として、清志郎さんが逝ってしまったというニュースは衝撃とともになんとも残念でならない。58歳。早すぎる。

清志郎さんが、喉頭ガンで手術すれば助かるが歌が唄えなくなると選択をせまられたときに唄うことを選んだことは、レベルはぜんぜん比べものにはならないが、その気持ちすごくわかるなぁとか思ってた。それでも復活し武道館ライブやったりして、良かったなぁとか思っていたのに。

オイラは若い頃、バーボンのストレートでうがいをしつつタバコをプカプカやりながら唄ったりして、この程度でつぶれるような喉じゃホンモノのヴォーカリストとはいえないぜなんていきまいてたけど、あるとき風邪引いて絶不調のなかどうしても断りきれずに唄ったため二週間ぐらいまったく日常会話もできないくらい声が出なくなったことがある。その後日常会話は出来るようになったものの、しばらくは満足に唄えない日々が続いて苦しかった。実のところ、あれ以来本当に自分で納得できるパフォーマンスは出来ていない。周りは「平気、平気イケテルよ」とかいってくれるけど、唄っててここ違うんだなぁとかもどかしい思いをすることも。気のおけないやつなんかには「ヘタクソになったようなぁ、昔はもっと良かったのに」とかズバッて言われ、反論できない自分がいたりして。でも、このまま唄えなくなるなら死んだほうがマシだって、この喉と付き合っていくしかないよなって思ったりして。

オイラを気遣ってタバコやめた方がいいよって言ってくれる人もいるんだが、昨今の、一見民主的・平和的な手続きを踏みながら実は少数者をオールオアナッシングの形で押しつぶしていくような禁煙の流れにナチス台頭と同じニオイを感じてしまい(まったく正論とはいえないただのヘリクツなんですけどね(汗;))意地でもやめなーい、校舎の裏でも吸ったるー!と吸い続けているんだが、拓郎さんが肺がんになったと聞いたときも内心ヤバイなぁと思ったり、今回の清志郎さんの喉頭がんからの転移なんて聞くと考えてしまう。

しかし、人の生死は天命って思ってるからね。タバコやめても、交通事故や大地震でなんかの下敷きになって死んでしまうかも知れないし(←我ながら大人になりきれてないなぁ)

最期まで自分らしく生きるってことで。