※ネクタイ作家の作品しょうかいを、更新しました。
「かさ柄のネクタイ、別の写真」
香港のフリーペーパーで連載されている、ある方の記事を読んで、
私の中のなにかが、発動した。
「あなたが、もしがんばりやさんで、
最近怒りっぽいとしたら、完璧(理想)を求めている可能性があります」
この書き出しから始まるたった3行に、私はぐぐっと引きつけられた。
ずっと言われ続けてきたよ、私は完璧主義だって。
神経質だって、細かいって、キチンとしすぎているって。
でも当の私はというと全くそうは思っていなくって、ずっと、
「ちゃんとやらなくちゃいけない!!」って思い続けて、生きてきた。
出来てない、足りてない、こうあるべきだ、まだまだまだ!ってね。
仮に私が完璧主義者だとしても、それって良いことじゃない!とさえ思っていた。
それの何が悪いのよ。ちゃんとやるって、大事なことじゃない。
でも最近、ここへきてやっと、
周りの大人や友人、仕事で関わる人などに言われ続けてきたことが、
なんとなく、理解できるようになってきた。
それが時に周りを苦しめているということと、
自分を、一番苦しめているっていうことに。
そもそも私は神経が細かいので、人の表情や言葉の変化に敏感。
つい先日も「そんな深刻に考えなくていいですよ」とか、
「そんなキッチリしたものではないですから、ゆるくやってください」と
言われたばかりであった。
3人の、他人さまから。
私はそんなつもりはないのに、そのように言われる。
ゆるくって・・・なんですか。
要は、真面目なのだ。私は真面目だ。
人の話のウラなんか読めないし「ウラ」の存在さえも、知らなかった。
ジョークもわからない。一度交わした約束は自分を犠牲にしてでも守ろうとする。
いつも「正しさ」を追求し、それを自分に課し、
・・・人にも要求しているんだろうね。特に、子供。
これまでに何度も、わたしに気づかせる機会はあったはずなのに、
まだその時ではなかったんだね。
今日やっと、その記事を読んで、動きだした。
「今までのルールを破ってみる」
やった方がいいけど、やらなくてもOK
掃除なんかしなくたってOK
ダラダラと1日寝て過ごしちゃった日があってもOK
私にとっては簡単なことではないけれど、
そういうの、1日に1つずつ、やってみることにした。ルール破り。
大仏が帰宅してから散歩に誘い、外を歩いていた時、
「このまま海沿いに歩いていくと、◯◯に着くんだよ」という話から、
「このまま、行っちゃおうか」てなった。
いつもの私なら、明日も学校だし、帰ってご飯食べてお風呂はいって、
何時にはベッドに入って本読んで・・・なんて決まりがあるから
行かず帰るんだけど、それを破ってみた。
特別な事情がない限り、ご飯は家で作って食べるんだけど、
「食べて帰っちゃおうか」といってレストランに入り、
晩ご飯なのにホットチョコレートなんか頼んで、
大仏はそれしか飲まなくて、
食事が口に合わなかったらしく、一口だけであとは全然食べなくて、

(病み上がりの私が殆ど食べてまた、胃が気持ち悪くなる)
いつもならマズかろうがなんだろうが、
お決まりの「世界にはご飯も満足に食べられない子供達が沢山いる」の話をして
うるさくうるさく言いながら食べさせるんだが、言うのも一切やめてみて、
ホットチョコレートだけで晩ご飯を済ませたら、あとでお腹が空くのは自分、
明日の朝まで空腹を味わえばいいんだ、そう思って放ってみた。
帰りも海沿いを歩きながら、もう暗くなり始めていたのに公園へ寄り、
ほんとに、ほんとに嬉しそうにブランコに揺れる大仏をみながら、
別にいいや、大仏と気の合う友達なんかそのうち出来る、
別にいいや、寝るのなんか21時に間に合わせればいい、
別にいいや、私だって、人から何言われたっていいんだ、
そう思って、
自分を許せるようになるかもしれない。
これから心がける日々の小さな積み重ねで、
私は大きく、変わっていけるかもしれない。
人から嫌われても心を痛めずにいられる自分になりたい、
1日の目標が達成されなくても、深刻に考えない技を持ちたい、
本当に守らなくちゃいけないことと、そうでもないことの区別が
今はまだクッキリと分かりかねるのだけど、
もっとシンプルな自分に、私はなっていきたい、
そう、思った。
ありのままの自分を認めることから、始める。
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大仏氏の妊娠~6歳までの記事は、コチラです↓
「ネクタイ作家の育児日記」

