「アヤワスカ体験は瞑想のレベル〇〇に該当する」という統一された公式見解や統一基準は存在しません。  
​ただし、仏教の禅定(四禅・八禅定)や解脱のプロセス、上座部仏教の「清浄道論(ヴィスッディマッガ)」の観照の階梯(Insight Stages / 16 Stages of Insight)などを習得した瞑想熟練者や仏教瞑想指導者たちの臨床的・体験的な比較見解をまとめると、以下のように整理できます。
​1. 仏教の禅定(初禅〜四禅 / 八禅定)との比較
​瞑想の深化段階を示す「禅定(Jhana: ジーナ/ジャーナ)」の概念に照らし合わせると、アヤワスカ体験は特定のひとつのレベルというよりも、「非常にノイズの多い初禅(第1禅定)〜第3禅定付近の現象的模倣」、あるいは状況によって「無色界禅(第5〜第8禅定)に似た自我境界の消失」の要素が混在していると説明されます。  
​初禅(第1禅定)〜第3禅定(色界禅)との比較
アヤワスカ体験で見られる「激しい喜悦(Pīti)」「感情の溢出」「身体感覚の変化」「強烈な光やビジョンの発現」は、初禅から第3禅定にかけて現れる副次的な身体・精神現象に極めて近いと指摘されます。  
​熟練者の見解: 瞑想における「正統な禅定」は、意識が極めて静寂で一方向に集中(一境性)しているのに対し、アヤワスカは感情やイメージの奔流が押し寄せるため、「集中の静寂さを欠いた、荒々しく過動な初禅・二禅の模倣状態」と表現されることがあります。  
​無色界禅(第5〜第8禅定:空無辺処〜非想非非想処)との比較
アヤワスカの「自我が完全に崩壊し、宇宙や無限の空間と一体化する(Ego Death)」という極致の体験は、無色界禅(空間や意識の無限性を観照する段階)の主観的感覚に一部類似していると言われます。  
​2. 観照の階梯(ヴィパッサナー瞑想の16段階)における位置づけ
​ヴィパッサナー瞑想の実践体系である「16段階の観照の智(Insight Stages / Progress of Insight)」のモデルを用いる指導者(マイケル・タフトやジャック・コーンフィールドなど、サイケデリクスと瞑想の両方に通じた指導者たち)は、アヤワスカ体験を以下のように位置づけています。
​第4の階梯:「生滅の智(Arising and Passing Away / A&P)」
アヤワスカで経験される「急激な意識の開花」「眩い光やビジョン」「万物の流動感」「強烈なエネルギーの旋風」「深い霊的開眼」は、瞑想プロセスにおける「生滅の智(A&P)」の段階で起きる体験と質的に一致すると見なされることが最も多いです。
​「恐怖の智(Bhanga / Dukkha Nanas)」との隣接(バッドトリップ現象)
A&P(生滅の智)の直後には、自我の崩壊に伴う圧倒的な恐怖や解体感、いわゆる「暗い夜(Dark Night of the Soul)」の段階が訪れます。アヤワスカのバッドトリップや強烈な浄化(Purge)のプロセスは、この「恐怖・嫌悪の智」の段階を力ずくで通過させられる状態に相当すると説明されます。
​3. 瞑想熟練者が指摘する「本質的な違い」
​瞑想の熟練者がアヤワスカ体験を評価する際、レベルの数字以上に重視するのは「意識の制御性」と「定着度(Integration)」の差異です。
​「ヘリコプターで山頂を見る」体験
瞑想の実践者は、アヤワスカを「自力で歩いて登るべき山頂(解脱や高い静寂状態)へ、薬剤というヘリコプターで一時的に連れて行かれる体験」と例えます。山頂からの景色(自我の消失や一体感)を一瞬見ることはできますが、ヘリが降下すれば(薬効が切れれば)元の状態に戻ってしまいます。
​「静寂(Samatha)」の欠如
瞑想によって到達する高度なレベル(第4禅定など)は、「不動の静寂と完全な平穏(Equanimity)」を伴います。一方、アヤワスカ体験は脳内の視覚野や感情系が極度に活性化しているため、熟練者から見ると「意識の揺らぎやノイズが大きすぎる状態」であり、瞑想の最終目標である「完全な静寂と気づき(Nirvana / 涅槃)」とは異なると評価されます。  
​まとめ
​熟練者の言葉を総合すると、アヤワスカ体験は「瞑想における『初禅〜第3禅定』の感覚的要素や『生滅の智(A&P)』の段階を、薬理作用によって強制的に再現・体験させられる状態」と例えるのが最も正確な表現となります。