​福岡県北九州市「神功皇后ゆかりの神社」完全網羅ガイド
​著者: Jean-Luc Picard
 
​全体像:神功皇后伝説の時系列早見表

フェーズ神社名・境内社所在地主な出来事・テーマ
出兵・西征準備期 (渡海前)岡田宮/一宮神社八幡西区/八幡東区出兵準備のための滞在・古代祭祀
本城八剣神社八幡西区豪族・熊鰐の服属と航海安全祈願・宝剣奉納
若松恵比須神社若松区洞海湾通過と天皇・皇后の航路分離
枝光八幡宮八幡東区三種の神器による出迎・地名由来
仲宿八幡宮八幡東区熊鰐の館での中宿り・祈願(忌籠もり)
勝山勝田神社八幡東区皇軍の旗竿(軍旗の竿)を切り出した地
高見神社八幡東区洞海湾を見下ろす高台での戦勝祈願・兵站拠点
旗頭神社八幡西区武内宿禰が陣営を敷き陣旗を掲げた地
風師神社(正一位稲荷大明神 蛭子墓)門司区風師10関門海峡通過に伴う順風・航海安全祈願
和布刈神社門司区凱旋後の感謝・海神(潮の神)への奉納
凱旋・帰還・育児期 (出兵後)豊山八幡神社八幡東区武具の納め・天下太平の祈願(「豊山」の由来)
不老神社八幡東区武内宿禰が献上した「不老水」による疲労回復
乳山八幡神社八幡東区応神天皇への授乳・育児伝承
到津八幡神社小倉北区御座船の着船・板櫃川(産川)での産湯伝承
篠崎八幡神社小倉北区豊浦宮への途上立ち寄り・「力石」での応神天皇の立上り
熊野神社八幡西区忍熊王の謀反の噂を聞き皇子の安泰を祈願
恒見八幡神社(恒見五社稲生社)門司区恒見町3-1三韓征伐後の凱旋記念と安産祈願(子安石)
古社・後世の関連社甲宗八幡神社門司区皇后着用とされる甲(かぶと)をご神体として奉斎
葛原八幡神社小倉南区皇后・応神天皇・和気清麻呂を祀る企救郡の古社
蒲生八幡神社小倉南区応神天皇・神功皇后を祀る小倉最古級の神社
飛幡八幡宮戸畑区安土桃山時代における枝光八幡宮からの分霊

第1章:出兵・西征準備期(渡海前)
​岡田宮/一宮神社(八幡西区岡田町1-1/八幡東区山寺町12-36)
神功皇后が出兵準備のため滞在し、国家平定を祈り神籬磐境を設けた地。  
​本城八剣神社(八幡西区本城2-1-56)
豪族・熊鰐が服属を誓い、皇后が宝剣を祀って航海安全を祈願した地。  
​若松恵比須神社(若松区浜町1-1-7)
洞海湾通過時、軍の進路を二手に分けた伝承を残す社。  
​枝光八幡宮(八幡東区諏訪2-1-14)
サカキの枝に三種の神器を掛けて出迎えた地。「枝光」の地名由来。  
​仲宿八幡宮(八幡東区祇園2-5-1)
熊鰐の館にて身を清め、忌籠もり(祈祷)を行った地。  
​勝山勝田神社(八幡東区勝山)
皇軍の軍旗の旗竿を切り出したと伝わる地。  
​高見神社(八幡東区高見1-1-1)
洞海湾を一望する高台で天神地祇を祀り、戦勝祈願を行った兵站拠点。  
​旗頭神社(八幡西区)
武内宿禰が陣営を敷き、陣旗(旗頭)を掲げた地。  
​風師神社(正一位稲荷大明神 蛭子墓)(門司区風師10)
航海の難所である関門海峡を前に、風神(志那都比古神・志那都比売神)を祀り順風と航海安全を祈願した社。境内には正一位稲荷大明神と蛭子墓が鎮座する。
​和布刈神社(門司区門司3492)
凱旋後、潮の満ち引きを司る海神へ感謝を捧げるため皇后自らが創建した社。  
​第2章:凱旋・帰還・育児期(出兵後)
​豊山八幡神社(八幡東区春の町4-4-1)
武具を納め「天下が豊かになるように」と祈願した地。「八幡」地名発祥の地。  
​不老神社(八幡東区春の町3-6-12)
武内宿禰が献上した湧水「不老水」で旅の疲労を癒やした地。  
​乳山八幡神社(八幡東区大蔵)
応神天皇への授乳・育児にまつわる伝承が残る安産・育児の社。  
​到津八幡神社(小倉北区上到津1-8-8)
御座船を着け、板櫃川(産川)の水で応神天皇の産湯を汲んだ地。  
​篠崎八幡神社(小倉北区篠崎1-7-1)
境内の「力石」にて幼い応神天皇を立たせ、長門方面を望んだ伝承地。  
​熊野神社(八幡西区)
忍熊王の謀反の報を聞き、皇子の安泰と無事を祈願した地。  
​恒見八幡神社(恒見五社稲生社)(門司区恒見町3-1)
三韓遠征からの凱旋・勝利を記念して創立されたと伝わる社。境内には安産祈願の「子安石」や「恒見五社稲生社」が位置する。
​第3章:古社・後世の関連社
​甲宗八幡神社(門司区旧門司1-7-18)
皇后着用とされる「甲(かぶと)」をご神体として奉斎する関門の鎮守。  
​葛原八幡神社(小倉南区葛原4-3-1)
皇后・応神天皇・和気清麻呂を祀る企救郡の総鎮守。  
​蒲生八幡神社(小倉南区蒲生5-6-10)
小倉最古級の歴史を持ち、地域の産土神として親しまれる古社。  
​飛幡八幡宮(戸畑区浅生2-2-2)
安土桃山時代に枝光八幡宮より分霊された戸畑の産土神。  
​【噛み砕いた解説】なぜ北九州に「神功皇后」の神社が集中しているのか?
​天然の軍港だった「洞海湾」と「関門海峡」
古代の北九州は大陸・朝鮮半島へ渡るための最重要拠点でした。波が穏やかな洞海湾は軍船の集結地として使われ、関門海峡は順風を待つ出航地であったため、出兵準備や航海安全・帰還報告の神社が一帯に集積しています。
​「戦勝祈願」から「安産・子育て」への信仰の広がり
神功皇后は出兵時に応神天皇を身ごもっており、無事に帰還して出産した伝説から、北九州の神社群には戦いの足跡(軍旗・甲・武具納め)だけでなく、安産や健やかな成長を願う信仰(産湯・授乳・力石・子安石)が地域に深く根付いています。