こんにちは!@マツです。














物事が白黒はっきりすれば








いいのですが、








人生生きていて








はっきりしないことは








ごまんと出てくるものです。








はっきりしなくても








答えは出さないといけない








場面が出てきます。








その時に








悩むよりも








普段から悩み考えることで








いざというとき








最善の答えが出せると思うのです。








思考の訓練ですね。








そんな時にオススメな本があります。








その本を通して








悩み考えるログを








残したいと思います。








「100の思考実験」ジュリアン・バジーニ著


紀伊國屋書店








今回は「氷の話」についてです。








人は課題を解決するときに








過去の自信の経験則から方法を見つけ出すものです。








それが一番信用でき理解しやすいという








面でてっとり早いからです。








でも自分の常識外の話をされたとき








自分の常識にどこまで頼ってよいのでしょうか?








このケースをどう考えますか?








「ダーラ・ガプタは生まれてこのかた、





インドのラージャスターン砂漠のオアシス都市ジャイサルメール近くの村で暮らしていた。





マハビーは元気そうで、夕食のあと、家族に色々な冒険譚を語って聞かせてくれた。





(中略)ダーラが心底驚いたのは、「氷」と呼ばれるものを見たという、





マハビーの言葉だった。





「すごい寒い地域に行くと、水は流れるのをやめて、





固い半透明のかたまりになるんだ。





もっとびっくりするのは、液体と固体の中間という状態がないことさ。





それに流れている氷は、固まった物より少し温度が高いんだ。」





ダーラはその話を信じはしなかった。





いとこの話は、今までの自分の経験すべてと矛盾していた。





これまで火を吐く竜の話を旅人から旅人たちから聞いたときも信じなかった。





だから、今回の氷についての荒唐無稽な話も信じられるはずがない。





自分はそんなものを信じるほど愚かではない、





と思っていたし、それは正しかった。」








※デイビット・ヒューム「奇蹟について」より





(本文より引用)








今までの経験則の結果、





自分が信じてきたことは正しかったと証明されればされるほど





自信は深まり、人生の羅針盤にもなっていきます。





しかし、それでは根底からくつがえるような事態が起きた時に





対応しきれなくなります。





そうはなりたくないと思っていてもです。





世に多くある格言の中にも





成功を得た時から失敗は始まっている





という趣旨の文言があります。





つまるところ「百聞は一見にしかず」でしょうか。





受け入れる素養がなければ





自らが体験する





もしくは信じることです。





信じる者こそ救われる。





それもなんとなくわかる気がします。





少し話ずれますが、





英語で経験をさす「experience」の語源は





危険を試みるラテン語から来ています。





危険を冒してでも得た知識を経験と呼ぶのであれば





私の持つ知識は学校やサイトで教えられてきた





知識「knowledge」というところですね(笑)





色々と体験することを恐れずに







前に進んでいきます。








@マツ









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