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マイノリティとマジョリティ
直訳すれば、少数派と多数派。
少数派は、孤立、孤独などの他と交わらない閉鎖感のあるイメージ。
多数派は、多勢、つまり多くの人が共感する拓けたイメージ。
多勢に無勢じゃないけれど、多くの人の共感を得て行動することはとても大事で当たり前としたい。
それが民主主義なんだが・・昨今の日本はどうなんだろう?
+×+×+ + +×+×+
孫子の歩兵に、こんな言葉がある。
「敵を知り己を知れば百戦してあやうからず」
「善く兵を用うる者は、道を修めて法を保つ」
「善く戦う者は、人に致して人に致されず」
「善く戦う者は、先ず勝つべからざるを為して、以て敵の勝つべきを待つ」
つまり、法を保ち、勝つ為に何をすれば良いかと言うことを説いている。
勝つと言っても、いつもいつも勝ち続けることは余程の強者でも難しい。
時には敗北(誤ち)から弱点(恥)を知り、そこから巻き返し(非を正す)を図る為に事を起こす、ここが大事なところ。
負けると、マイノリティ(ここでは非による孤立感)に支配され、負け(誤ち)続ける原因になる。
しかし、負け(誤ち)の原因を深く考え次はもっと良くなろうと行動を起こせばマジョリティ(ここでは非のない多孝)の風が吹く。
今や、この国のトップはキックバック、裏金、挙句の脱税のマイノリティ達がまかり通る。
ただ、その政党を選択したのは国民の大多数(マジョリティ)。
裏金、脱税のマイノリティを選択した、そもそもの原因は何処(誰)にあるのか、そろそろ国民が真面目に考えないとこの国は変わらないんだが・・
次の選挙(政党選択)で、この国の舵取りが見えてくる。
初冬の候
もう冬なのに夏の異常な暑さの名残りか暖かで麗らかな小春日和の日に、鈍った身体で低山の山歩き。
初冬ならぬ晩秋のような暖かさが気持ち良く、枯れ葉の絨毯は足に心地よく優しいが、この所の首と肘が痛いのがたまにきずだ。
+×+×+ + +×+×+
秋の名残りの初冬、そこで一句
北原白秋、歌集『牡丹の木』から
秋の日の白光びやくくわうにしも我が澄みて思おもひふかきは為すなきごとし
〈要約〉
秋の日のおだやかな白光びゃっこうに私の心は澄みきって深く満ち足りた思いはもはやこの上何もなすべきことはないかのようだ。
有難い人生を送るために
苦しい、困る、災いの字にそれぞれ難を付けると
苦難、困難、災難と陥りたくない不幸な言葉になる。
こう言った不幸が無いのが無難な人生で、誰もが平和で幸せに過ごしたいもの。
だが、人生はどうも上手く行かないことが多々有る。
そこで、不幸は神様が与えてくれた宿題とポジティブに捉えてみる。
あぁ何とかなった・・諦めずに良かったな〜って・・苦難、困難、災難に遭う経験って誰しも有ると思うが、振り返って難事を乗り越えた自分に誇りを持てばポジティブになれる。
その乗り越えた経験は、無難な人生より学んだことが多いはずだからだ。
きっと、無難な人生なんて誰一人としてない。
苦難、困難、災難は一見不幸だが、苦しい、困った、災いを『有難い』ポジティブな経験と捉えて対処出来れば不幸が幸福に変わるかも知れない。
そう考えられたら、上手くいかない時も頑張れる。
(ゴルゴ松本、命の授業から参照アレンジ)
…〜………〜……
中国を起源とした象形文字が、日本で進化した漢字には意味があることに改めて気付かされる。
普段何気なく使う漢字でも意味を知ると実に奥が深い。
命の授業、為になるな〜^_^
気遣いと気配り
人は、日々生活の中で馴れ合いになると気遣いや気配りに鈍感になる。
一見同じ意味の様な配慮の言葉だが、シチュエーションによって使い分ける言葉であるから、言葉の意味を理解して行動出来るようにしておきたい。
この言葉の意味を調べてみると・・
気遣いは・・
1人もしくは1つのことに対して、今現在の状況に応じてする配慮で、「相手に対して失礼のないように注意を払うことや、あれこれと気にかけること」を意味する言葉。
気配りは・・
複数の人やものごとに対して、未来を予測してする配慮で、「相手が求めていることを推測して先回りして行動したり、不都合や失敗がないように前もって備えたりすること」
案外知らなかったりして、間違って使ってしまう場面が多い言葉でもある。
前者は、敬意を持って接する言葉、後者は転ばぬ先の杖的な役目の言葉かな・・
何れにしても、この配慮が出来る人が増えると人間関係が良い状態に保たれ、配慮が不足する程に誤解やトラブルが起こることが増すのだと思われる。
人と接して慣れてくると、馴れ合いになり配慮を欠いた言葉や行動をしてしまいがちになるので気をつけたい。
いつも気持ち良く接する為に、気遣いと気配りの配慮を忘れないことが大事と常々思う。