仕事ができるビジネスマンになるためのビジネス書籍  織田信長 破壊と創造 | 仕事ができるビジネスマンになるための方法

仕事ができるビジネスマンになるためのビジネス書籍  織田信長 破壊と創造

著書名 : 織田信長 破壊と創造 (日経ビジネス人文庫)
著者名 : 童門冬二氏
出版  : 日経ビジネス人文庫
定価  : 880円(税込み)
評価  : 星星星 (3/5段階)


「天下布武」という理念のもと、天下人、織田信長が目指した天下統一という大事業の軌跡。

情報
信長は「情報」を重視していた。自軍より大軍であった今川義元を一蹴した桶狭間の戦いで、信長が功労者としたのは大将の首を持ち帰った者ではなく、今川軍の情報を自軍にもたらした梁田政綱だった。梁田は常に情報を得るために、常に地域に溶け込み、そこに住む者と深く接触していたからだ。梁田は自分に情報が集まる仕組みを作る努力を怠らなかったのだ。

経済政策
信長は経済政策を積極的に進めた。商業の持っている力を知っていたからだ。信長が実行した経済政策で有名なのは「楽市楽座」「関所の廃止」「撰銭令」の3つ。「楽市楽座」は今でいう「規制緩和」のこと。自分の領土では自由に商売をすることを認め、商業を活性化させた。「関所の廃止」により物の流れを自由にした。その結果関所を通るたびに値段が上がっていた品物を安く自国の民に与えることが可能となった。また、道路などのインフラも整備し人の流れも活性化した。「撰銭令」により、「貨幣経済」を作りだした。それまでは、貨幣の種類はかなりの数になっており、中には粗悪な貨幣もあった。粗悪な貨幣は貨幣価値が低く、使用が制限されてしまっていた。信長は、悪い貨幣3つ分で良い貨幣1つ分の価値というような貨幣のレートを作り、安心して貨幣を使える体制を作った。
 
マーケティング
「うつけ」といわれた少年時代に、城下のにぎやかな町をうろつきまわった信長は、商業のもたらす富と商行為を支える貨幣の力を、他の戦国大名の誰よりも把握していた。また、当時の民衆が望んでいること=需要は「平和」であることを察知し、「天下統一」という大事業に乗り出したのだ。信長は、町中をうろつきまわることによって需要を察知する「マーケティング活動」を行っていた。

組織力
信長は組織力を重視した。その当時の軍隊は大部分が農民によって編成されていたので、戦ができる時期は農民の仕事がない農閑期に限定されていた。信長はいつでも戦ができるように、常設の軍隊を作り、訓練により「プロ化」させた。これにより信長は組織的に戦を行えるようになった。また、鉄砲隊を3段構えにするなど作業の「チーム化」「スピード化」を計った。

変化
信長は「一所懸命」という「しがみつき」の思想を嫌い、常に変化をもとめた。都を移動するときも、家族を一緒に連れてくるように部下に指示し、従わないものの家は焼き払ったという。信長は物事を進めるときに「プロジェクトチーム」というのを活用した。その時々で必要な人材でチームを作り、物事を成し遂げたら解散させた。恒久的な組織を前提としないため、組織の構成員は安定を否定され、常に緊張感をもってことに望んだ



様々なことを破壊し、創造した信長でしたが彼の足元をすくったのは「傲慢」でした。信長は天下人となり権力を手にしてしまった結果、部下をいつでも自由に動かせる持ち駒のように扱ってしまったのです。また、事業を進めるスピードも早く周りの人間がついていけなかったというのもあるでしょう。しかし、民衆の平和のために「天下統一」事業を進めた織田信長から現代の人が学ぶことも多くあると思います。