<場面>加藤さんのお葬式の帰りの電車に揺られながら
橘 (さっきの天使は本物だったのだろうか)
(でも確かに会話として成立していたし、それに——)
(僕しか知らない加藤さんの花嫁姿のことも)
(そういえば、彼は聖書の事を何か言っていたな)
(聖書と言えば、中1の時の担任だった的場先生)
(別に好きだったとかじゃないけど、でも)
<場面>電車を降り、改札を出て家までの道を歩き始める
(僕が覚えている限り初めての花嫁姿は的場先生——)
(あの時の結婚式場は本物の教会だった)
(その後何度かその教会にも行ってみたことがあったっけ)
(何度目かで信者のおばさんに目をつけられて)
(聖書を開いてアダムとイブの話をしてきたのに驚いた記憶が)
(あれが何か唐突で受け入れがたくて、それからはもう行かなくなってしまった)
<場面>家に着く、家に入ると珍しく祖父が一人でリビングに座っている
橘 「ただいま」
祖父 「ああおかえり、大変だったな。」
橘 「いや、でもおばあちゃんのこと、少し思い出した。」
祖父 「そうか、もうあれから1年だもんな。」
(しばしの沈黙)
橘 「そういえば、うちに聖書ってある?」
祖父 「ん?急にどうしたんだ。でも、聖書ならわしの本棚にあるぞ」
橘 「おじいちゃんは読んだことあるの?」
祖父 「そうだな、わしも昔一度キリスト教系の宗教に勧誘されたことがあってな。その聖書もその時にもらったものだ。」
橘 「へー、そんなこともあったんだ。」
祖父 「まあ若気のいたりというやつだ、大学時代にきれいな女性に声をかけられてな。」
橘 「ふーん。」
「そしたらその聖書、借りるね。」
祖父 「ああ、いつでもいいぞ。」
橘 「ありがとう。」
<場面>リビングを出て祖父の本棚に向かう
橘 (おじいちゃんの本棚は確か廊下の隅に——)
「あった」
(橘が聖書を手にとると、聖書の間に写真が挟まっているのに気付く。そのうちの1枚は集合写真で、サークル仲間のようなメンバーの中に一人若かりし頃の祖父が写っている。また、もう一枚は見知らぬ女性の横顔が写っている。橘はその女性に目を奪われる)
橘 「(これは誰なんだろう?)」
(橘は祖父に聞いてみようかとも思うが、もしかするとさっき祖父が言っていた「きれいな女性」というのがこの人かもしれないと思い至る。そしてその写真と一緒に聖書を自室に持っていくことにする。)
<場面>橘の自室
(橘が自室の机に向かい、聖書を開こうとすると後ろから声がする)
天使 「聖書はこれまで多くの人に読まれてきたけど、正しく読めている人はごくわずかなんだ。」
(橘は一瞬ビクッとするが、天使くんがあまりにも自然にそこにいるのでそこまで驚くこともなかった)
橘 「難しいってこと?」
天使 「いや、あくまでも普通の言葉で書いてあるから難しいわけではないんだけど、でも全てが書かれているわけではないからね。」
橘 「パズルや謎解きとも違うのかな。」
天使 「読み手の成熟度に依存する、ということ。」
「もっとも、仮に幼い者が読んでも霊的な力はあるのでそれはそれで読めてしまうんだけどね。」
橘 「霊的な力、、」
天使 「まあ難しく考えなくていいよ、今回は特別に僕が読むのを手伝ってあげるから。」
「試しに最初のページを開いてごらん」
(橘が聖書のページを開くと真っ暗なまだ何もない宇宙空間へと誘われる)