右手麻痺事件 | 粉塵爆発

粉塵爆発

日常の気になることども

こんちゃ。

ここんとこ、オラの働いてる会社が、非常にヤバイです。
いわゆる、経営難ですな。まあ、このご時世、珍しくもないわけですが。
下請け制作の会社なもんで、まあ、不況の波をもろにかぶるのは
いたしかたなし。

先代社長が亡くなり、代替わりしてからというもの、
現社長は現場の制作を離れ、経営に専念しております。
まあ、それはいいんですよ。実際に制作はしなくたっていいんです。

ただね、制作の具体的な話をしようとすると、そっぽ向くのはねぇ・・・
そこまであからさまに、壁作んなくてもいくねーか?
と思うのであります。
大企業の社長じゃぁ、あるまいし。
見渡せば全員の顔がいっぺんに目に飛び込んでくる
こんな小さな会社で、「制作の中身?オラ、シラネ」って
そこからして、間違ってる感じがしますが・・・
それにねぇ、低レベル、低レベルって言うけど、低レベルなことが
できてねーんだから、そこからやるしかねーでしょうがw

というわけで、社長も会社に資産を投入してケツカッチンで
ストレスフル満タンなのは分かりますが、
その社長から愚痴だけ聞かされ、制作の相談は聞いてもらえないという
愚痴聞き役のオレも、そろそろストレスフル満タンなのであります。

とまあ、深刻な話はさておいて。
深刻なさなかの会議中にも心ここにあらず、鳩が豆鉄砲をくらったような
「ん?」という顔であらせられる、
われらが次長のエピソード(第何弾だっけ?)をまたご紹介しますー。


これはまだ、オレが社員として入社する以前の話。
15年ほど前になるじゃろうか・・・
当時会社には、今の倍以上のスタッフがおったそうな。
まだ40代であった次長は、そこそこ部下を抱えておったのじゃが、
部下の使い方を知らんから(指示不足・説明不足なために、
次長の期待通りのものを部下が作れない→締め切り直前に
なってから「もういい!俺がやる!」と真っ赤になって一人で
やる→次第にひとりぼっちに)、結局ひとりで仕事を抱え込み、
徹夜する毎日だったそうな・・・

そんなある日、先代社長は次長に言った。
「お前は、ボヤボヤしてないで、ひとりでもっと開発やれ!」
泣き面に蜂である。

次長も傑物であるが、先代社長はその上をいく偉人であった・・・
すでに5つほどプロジェクトを抱えていた次長は、部下に仕事もふらず
(断られることを極度に恐れるのと、孤立していたため)、
結局、通常なら2~4人で1プロジェクトをやるところを、
1人で10個同時進行という、非現実的な状況に追い込まれたのじゃ・・・

当然、徹夜しようが何をしようが、一人では何ひとつ終わるはずもなく、
ついにある日、その時はきたのじゃ。
会社に泊まって、仮眠をとった後
起きて仕事しようとした次長の右手は、ぴくりとも動かなかったのじゃ。
ストレス性の右手麻痺、という診断じゃったらしい。

結局、次長のリタイアにより、仕事は適正に割り振られ
事なきを得たそうじゃが、1か月はまともに手が動かなかったそうな・・・

ようやく復帰した次長は、特にこれといった仕事もなくなったため、
昼過ぎに出社して、新聞を広げて読みふけり、
夕方になると、「じゃ」といって帰っていったらしい・・・
そんな状態を半年もやっていた次長も次長だが、
放置していた会社も会社である。


そして現在・・・・
今、パーテーションの向こうを見ると、
昨日のうんこ会議で吊るし上げられ、
「思い出し怒り」とストレスに震える手で、マウスをクリックし、
ネットサーフィンに明け暮れている次長が・・・。
この次長にも、そんな熾烈な過去があったんだなぁ・・・と思うと
感慨深い塵芥でありました。おしまい。