先ごろ株式会社TENGAは、日本人男性のペニスの平均サイズが「長さ13.56センチ」、「亀頭の直径3.53センチ」「竿部分の直径3.19センチ」という衝撃の数値を発表した。
TENGAシリーズは、ペニスを挿入するオナニーカップで、“男の自慰革命児”といわれている。2005年7月7日の発売以来、世界40か国以上で展開、すでにシリーズ累計出荷数2000万個を超え、ビートたけし氏をはじめ、著名人に“愛好者”が多いことでも有名だ。
さっそく、TENGA広報・宣伝部に話を聞いた。
「私どもは、2010年12月に自社サイト上で“TENGA FITTING”を開設。お客様のペニスのサイズに最もフィットする製品をご提案してきました。今年2月にご利用者累計が50万人を突破し、この膨大なデータから平均値を算出した次第です」
ちなみに記者もこのサイトを利用してみた。悪戦苦闘の末に愚息を膨張させ、おもむろにメジャーを取り出し計測。妻や娘には絶対に見せられない姿だ。記者の場合、ペニスの長さ13センチ、亀頭部3.4センチ、竿の直径3.1センチ……TENGA発表の日本人平均サイズより、それぞれ小さい事実に舌打ちしつつも、各部の数値と「好みの刺激の強さ」や「最も感じる部分」を打ち込むと、「ローリングヘッド・カップ」がおすすめと出た。
しかし、計測しながら思ったのだが、全長は睾丸の付け根から測るのと、ヘソの下側から測るのでは長さが違ってくる。直径も場所によって、いくらか数字に差異が出る。さらには自己申告ということで、妙な見栄が作用することもあるのではないか。
過去にはコンドームメーカーの不二ラテックスがアンケートを実施しており、その際は勃起時の全長13.9センチ、周径11.9センチだった。ただし、回答者数は約600人とTENGAに比べ圧倒的に少数だ。
※週刊ポスト2012年4月27日号
(2002年の記事)
【県境越えた病院建設 広域行政 過疎地"安心の拠点"】
http://www.hokuriku.chunichi.co.jp/toyamaoffice/hietsu/index1-4.shtml(リンク切れ)
「とても不安でした。病院に間に合わないんじゃないかと…」。岐阜県白川村の主婦山本美加枝さん(37)が振り返る。
十五年前、真冬二月の深夜に産気づき、夫の車で同県高山市内の病院まで約二時間かけて走った。
「道がしみてて(凍っていて)滑って危なかった」。山本さんは病院に着いてすぐに分べん室に入り、無事女児を出産した。
「あのとき東海北陸自動車道があれば、病院も近くなり、道も安心で、あんなに焦らないで済んだのに…」。
“秘境”と呼ばれ、不便を強いられてきた村がいま、大きく変わろうとしている。
(2004年の記事)
【高速事故 トラックと乗用車衝突、7人死亡 東海北陸道】
http://response.jp/article/2004/07/29/62514.html
27日午前7時25分ごろ、岐阜県郡上市大和町の東海北陸自動車道の平山トンネル(1413メートル)の北側出入り口付近で、
対面通行区間の下り車線を走行していた普通トラックが対向車線に飛び出し、上り車線の乗用車と正面衝突、炎上した。
この事故で、乗用車に乗っていた一家5人とトラックの男性2人の計7人が死亡した。
同自動車道のぎふ大和IC―白鳥IC間(約10.4キロ)が午前7時40分から午後0時20分まで上下線とも通行止めとなった。
県警高速隊の調べでは死亡したのは、岐阜県白川村荻町、会社員、山本衛さん(48)▽妻美加枝さん(39)
▽長女麻理さん(16)=県立高山高2年▽長男隆司さん(14)=同村立白川中2年▽二男淳司さん(9)=同村立白川小3年――とみている。
山本さんの親族によると、衛さんらは、夏休みを利用して、1泊2日の日程で三重県の長島温泉に行楽に行くと話していたという。
(毎日新聞)
詳細記事
27日朝、岐阜県郡上市内の東海北陸自動車道の対面通行区間にあるトンネル内で、普通トラックが対向車線側に逸脱し、48歳の男性が運転する乗用車と正面衝突する事故が起きた。
2台は衝突直後から激しく炎上し、双方のクルマに乗っていた合わせて7人全員が死亡している。
岐阜県警・高速隊によると、事故が起きたのは27日の午前7時25分ごろ。郡上市大和町付近の東海北陸自動車道・平山トンネル北側出入口近くで、3トン積みの普通トラックが爆発音とともに対向車線側に逸脱。対向してきた乗用車と正面衝突した。
乗用車はトラックによって約50m押し戻されて側壁に激突。破損したガソリンタンクに引火し、そのまま激しく燃え上がった。2台のクルマは全焼し、乗用車に乗っていた家族5人と、トラックに乗っていた建築会社の2人の合わせて7人が焼死体で発見された。
事故現場のトンネルは片側1車線の対面通行区間。トラックの後続で事故を目撃したドライバーは警察の調べに対し「トンネルの出口に近づいた段階で爆発音が聞こえ、直後にトラックが対向車線側の壁面に接触した。そのまま対向車線を走り、乗用車と正面衝突した。すべてが一瞬の間に起きた」と供述している。
事故を起こしたトラックの右前輪にはパンクしたような形跡があり、荷台には積載量を大幅に上回る約4.5トンの鉄パイプなどが積まれていたことから、警察では過積載が原因でタイヤがパンクし、制御不能になったまま対向車線側に飛び出したものとみている。
なお、事故を起こしたトラックは三菱ふそう製だが、リコール対象車種ではなく、事故と欠陥の因果関係は小さいとみられている。
東海北陸自動車道の対面通行区間では以前から同様の衝突事故が相次ぎ、過去5年間に10件が発生、12人が死亡している。
今月17日夜には今回の現場から南に約8km離れた地点で正面衝突事故が発生し、4人が死傷する事故が起きたばかり。2003年10月には今回と同じ郡上市内(当時は高鷲村)でクルマ6台が関係する多重衝突事故が発生し、7人が死傷している。
対面通行区間には、中央分離帯の代わりとして、高さ65cmの樹脂製のポールが設置されている。トンネル内では5m間隔で、それ以外の場所では10m間隔で立てられているが、接触した際には車体を破壊しないよう、簡単に倒れる設計となっており、それ自体にクルマを止めるような効果はない。
警察では「山間部であり、制限速度は70km/hと低めに設定しているが、自動車専用道路という性格から高速度で走るクルマが多く、対面通行区間で事故が起きた場合には悲惨な結果を招きやすい」と説明している。
心臓の難手術成功、親子に光 日高大地君
2004年12月23日
先天的に心臓の左右の心室が入れ替わり、大動脈が正常とは逆の右室から出ている修正大血管転位の「先天性複雑心奇形」を持つ10歳児の根治手術に、県立那覇病院の医療チームがこのほど成功した。
児童は、小児医療を専門とする県外のこども病院では根治手術が不可能とされた。
県内での手術は極めて珍しいという。児童は20日に退院し、自宅療養中。「3学期には体育も大丈夫」(長田信洋心臓血管外科部長)なほどに回復し、生まれて初めて思う存分に走り回れる喜びを親子でかみしめている。
同病院は手術の成功で「これまで県外で受けていた手術が県内で対応できる」と、2006年度に県内に設置される母子総合医療センター(こども病院)に向け、手応えをつかんでいる。
手術を受けたのは那覇市に住む小学4年生、日高大地君(10)。22日、母の清子さん(34)とともに退院後初の外来に訪れ、チアノーゼがなくなった元気な姿を見せた。
先天性の心臓病は出生児の1%にあるとされる。そのうちの「先天性複雑心奇形」の中でも、修正大血管転位は「非常にまれ」という。
県外のこども病院では、大地君は拡張型心筋症で心機能が著しく低下していたため、根治手術は「不可能」とされた。これに対し、那覇病院では1999年ごろから約5年がかりで、投薬による抗心不全療法を継続し、心機能をほぼ正常な状態に回復させた上で、今年11月11日、手術にのぞんだ。
手術は、大地君の複雑な心臓と内臓の形態に対応するため、コンピューターを駆使してスタッフが何度もシミュレーションをしたほか、術後の成績を左右するという人工肺動脈弁は、院内で独自に製作するなど、工夫を重ねた。手術は通常の倍以上の8時間余に及んだ。
大地君は生後2カ月と5カ月に救命手術を受けるなど、入退院を繰り返し、運動や家族とのレジャーも制限されてきた。現在は、清子さんと「走り回っても疲れず、同じペースで歩ける」までに回復。
体育の授業では「跳び箱をしたい」と楽しみな様子だ。
サッカー部に入り、将来は医師になることが夢という。
「手術の成功率は50%」と告げられたが、
清子さんは「迷わなかった。20歳までは生きられないと言われていた。(成功が)うれしくて、うれしくて…」と言葉を詰まらせた。冬休みには家族全員で東京ディズニーランドなどを旅行する予定という。
赤嶺吉秀容疑者を傷害の疑いで現行犯逮捕
2012年04月20日
8年前に心臓手術で助かった少年(17)が男から暴行を受け死亡
那覇市で、少年2人が3人の男から暴行を受け、このうち1人が死亡しました。暴行を加えた1人は現行犯逮捕されましたが、2人は逃走している。
警察によると、傷害の疑いで現行犯逮捕されたのは那覇市の解体工、赤嶺吉秀容疑者(27)。
赤嶺容疑者は、他の2人の男と18日午前0時20分頃からおよそ1時間にわたって那覇市の市民体育館の駐車場で17歳の少年2人に対して殴る蹴るなど暴行し、けがをさせた疑いがもたれている。
このうち、那覇市のアルバイト、日高大地さん(17)が病院に運ばれましたが18日の夜、死亡した。
赤嶺容疑者と日高さんらは、赤嶺容疑者の知人の女性をめぐってトラブルになっていたということ。
警察の調べに対し赤嶺容疑者は容疑を認めていて、警察は傷害致死容疑も視野に入れ、現場から逃げた男2人の行方を追っている。
事件の概要
1979年5月23日、長岡京市内にあるスーパーでパートをしていた主婦二人が、仕事終了後、近くの山の竹林にワラビ 採りに行ったまま消息不明となり、2日後の25日、山頂付近で遺体となって発見された。
直接の死因は主婦A(当時43歳)が絞殺、主婦B(当時32歳)が刺殺。二人のリュックには、それぞれ空の弁当箱、採ったワラビ、財布が入ったままであった。検死の結果、死亡時刻はどちらも正午過ぎから二時半までと判明。
どちらも金を奪われた形跡はなかったが、主婦Aの衣服のポケットから
| “ | オワレている たすけて下さい この男の人わるい人 | ” |
と鉛筆 で走り書きをした、勤務先のスーパーのレシート(日付は事件当日より2日前)が発見される。だが、どちらの荷物にも衣服のポケットにも、この鉛筆がなかった。後日の捜索で、殺害現場から少し離れたところで芯の先端だけが見つかっているが、鉛筆そのものは見つからなかった。
主婦Aは全身30箇所以上も殴打され、肋骨 が折れて、肝臓 が破裂しており、主婦Bは全身50箇所以上も殴打され、包丁が体に突き刺さったままだった。
警視庁 の鑑定結果によると、犯人の血液型はO型 と判明している。
犯行現場は、殺された主婦たちのように、ピクニックがてら山菜採りに地元の人が訪れているようなところだったが、犯行発生前から木や竹が生い茂り、昼間でも薄暗いところが多く、レイプ 事件も発生していた。
遺留品は主婦Bの遺体に突き刺さっていた包丁一本のみで指紋は検出されず、販売ルートも解明されずじまいだった。
有力な手がかりのないまま、1994年 5月24日 に公訴時効 が成立した。
容疑者
- 長岡京市内に住む少年Aが、犯行時間内に駆け足で下山するところを目撃されており重要参考人となるも、実は犯行当日は一日中、別の場所にいたことが判明した。彼が空手を習っていて、よく山にサイクリングにきていることを周知している人物からの目撃情報だった。
- 主婦らが山に入った10分後、25歳から30歳の男性二人組が目撃されていたが、身元判明できず。
- 主婦たちが殺害される1週間前に、入山していた主婦に声をかけた中年男性がおり、似顔絵を製作したが身元判明できず。
もう一つの事件
事件から約5年後の1984年 5月15日 、同市で主婦Cが首や背中をメッタ刺しにされ、布団にくるまれ、家ごと燃やされるという残忍な事件が発生した。警察がこの事件と長岡京殺人事件の関連性を調べていたことが判明して、次のような噂が出現した。
主婦Cはかつて最初の事件当日、主婦AやBとワラビ採りに出かけたが、先に一人で下山したので殺害から免れた。マスコミと警察は報道協定 を結んで、主婦Cの安全のため彼女の存在を公表しなかった。
後日、主婦Cは何らかのトラブルでワラビ採り殺人の真犯人に殺された。
ところが第二の殺人事件の警察記者会見では、最初の殺人事件と主婦Cとの関係はまったく言及されず、マスコミ関係の人物から報道協定についての証言は一切得られず都市伝説 のレベルである。
ただ、残った血液型はO型で右足の第二指が突出していることが判明している。
この事件も同様に未解決となっている。
中日新聞1979年05月28日(月)夕刊
犯人は一人と断定被害者の主婦 「助けて」と走り書き ワラビ採り殺人
【京都】京都府長岡京市の山中でワラビ採りにきていた近くの主婦、明石英子さん(43)。水野恵子さん(32)の二人が殺害された事件で、京都府警の向日町署捜査本部は二十八日、明石さんの遺体のジーパンのポケットから
「オワレている たすけてくださいこの男の人はわるい人です」
とスーパーのレシートに走り書きしたメモ(週刊新潮の記事より)を発見した。
このメモはあお向けになって殺害されていた明石さんの薄青色ジーパンの右ポケットにくしゃくしゃに丸めて残っていた。パート先の「いづみや長岡店」のレシート(幅四・五センチ、長さ九・五センチ、二十一日の日付)の裏にエンピツで書かれており、筆跡鑑定の結果、明石さんの文字とわかった。
タテ書きで三行にわたっていたが、ひらがな、片かな、漢字が混じり、字は乱れていた。また、「たすけて」の「す」の字は「く」の上に二重書きしたうえ、さらに「す」と書き加えている。
こうしたことから、捜査本部では明石さんはレシートを手のひらに隠すようにしながら、急いで書いたものとみている。
また、メモの内容などから、明石さんは犯人が水野さんに包丁を突きつけながら乱暴している間に走り書き、一旦ポケットにしまい込み、助けを求めるためどこかへ捨てる機会をうかがっていて襲われ、殺されたとみている。
捜査本部では、二人の主婦が同一現場でほぼ同時に殺害されている--との状況から、犯人は単独犯なのか複数犯なのか決めかねていたが、明石さんが助けを求める"メモ"を書く時間とスキがあったことから、犯人は一人で、まず水野さんに包丁を突きつけ,明石さんに
「逃げたら、こいつ(水野さん)を殺すぞ」
と脅しながら、水野さんに乱暴して殺害。この後恐怖のあまり現場に座りこんでいた明石さんにもロッ骨を九本も折るなどの暴行を加えたうえ、首を絞めて殺したと断定した。
しかしその後捜査は難航する。遺留品が先のレシートと犯行に使用された包丁(岐阜県関市で作られた約7万本の中の1本とみられているが、販売ルートは不明)のみだったのも大きな要因と言える。その後大きな進展を迎えぬまま数年の歳月を経る。
しかし、この事件はここで終わらない。実は以上2名の他にあと一人、共にワラビ採りに来ていた主婦が居る。途中所用により先に帰宅し事なきを得たが、5年後不可解な事件にて命を絶たれる。
- 2年前の女性殺害も自供 M子ちゃん殺しと同じ現場 兵庫
1989.04.11 毎日新聞東京朝刊より引用 一部管理者改変+*管理者
兵庫県西宮市****、****銀行**支店次長、****さん(41)の
長女M子ちゃん(当時十一歳、市立***小五年)が
自宅近くの仁川ピクニックセンターの山中で殺された事件で神戸地検尼崎支部は十日、
犯人の同県尼崎市*****、
元大阪府豊中市職員(先月二十九日付で徴戒免職)、橋本富美男(37)を殺人罪などで起訴したが、
橋本は同県警捜査一課西宮署捜査本部の同日までの調べに対し
「二年前、同ピクニックセンターで、わらび採りに来た中年女性を殺した」と別の殺人事件を自供した。
捜査本部は供述に基づき、同日午後現場を捜索、白骨化した人間の頭部とイヤリングなどを発見した。
同センター近くに住む同市********、****業、***さん(69)の妻K子さん(当時五十七歳)が
昭和六十二年五月十一日から行方不明になっており、
捜査本部は、殺された女性はK子さんにほぼ間違いないと見ており、
確認がとれ次第、橋本を殺人容疑で再逮捕する。
自供によると、橋本は、六十二年五月中旬ごろの正午前ごろ、
西宮市仁川町の仁川ピクニックセンターで中年女性と出会った。
周囲に人がいなかったため、いたずらしようと思い、「一緒にわらび採りに行きましょう」と誘い、
M子ちゃんを殺害した同センター内五ケ池の東約三百mで女性を殺し、山中に埋めた、という。

