皆様、お久しぶりで御座います。(笑)
最近は、一頃の激痛は影を潜めて
おりまして、痛み止めもかなり少なめ
で済んでいます。
あんまり動かないのもマズイ、という
医者の指示で(筋力が落ちると首を
支えられないので)、ちょこちょこと
動いております。
(バイクに乗ってなかったら体重が落ちて
まして、”脂身”が減ったのかと思いきや
筋肉が落ちた、と。。(T_T))
でもって、そろそろどうかいな、と
ばかりにチョー久しぶりにバイクを
出して(バッテリー外していたので
時計合わせからでした。。)みたのですが
まー重い!
CB1100 から乗り換えた時は、こんなに
軽いか!と感動したモンですが、今回は
正直、駐車場から出すのに苦労しました。
取り敢えず、盛り返さねば!とばかり
二ヶ月以上振りの”散歩”に出発!
何処に行こうか悩みましたが、ここは一つ
ちょくちょく目の前を通ってはいても、寄った
事が無い場所に、と北行することに決定!
国道 268 号線を北上していき、最初に到着
したのは、JR 吉松駅であります。
吉松は九州自動車道・栗野 IC で降りて
国道 268 号を少し北上したエリアにある
温泉街です。
JR 肥薩線と、この駅を起点とする吉都線
の駅でもあります。
近くには、以前訪れた展望台やパラグライダー
の基地もあります。
首の調子を見ながら、最低でも 20~30 分
おきにコンビニや撮影場所探しがてらの休憩を
入れながら、ソロリソロリと走行していました。
今回の、最初のお目当てはこちら↑です。
何やら黒い鉄の大きな物がありまして。
C55 であります!
晩年は、ここ吉松から当時の西鹿児島駅まで
走っていたとのこと。
昭和 49 年まで走っていたとのことですから
無無無。よりご年配の方は、リアルでご覧に
なったことがあるのでは?
感じが印象的だと思います。
(小さな機関士がお二人、作業中です。)
整備すれば、復元は出来そうな状態に
見えますね。
人吉の SL も近くですし、予算が付けば
復活させて是非、鹿児島に走らせて欲しい
とか思ったりします。
スポーク動輪、というのは良いですね。
どことなく馬車的な優雅さを感じます。
(無無無。の身長より直径が大きいか。。)
炭水車を除いて、運転時で車重が 66 トン!
1000 馬力以上出るとは言えこれが動く
とはにわかには信じられんし。(笑)
鹿児島や宮崎には、あちこちに”陸蒸気”が
保存されていますから、探して歩くのも
楽しいですね!
そのまま国道 268 号を北に。
実は、先月出来た道の駅”えびの”に寄ろうか
と考えていたのですが、一車線潰して渋滞!
こりゃ、ダメだな、と”スルーしました。
で、気が付いたら、こんな場所に↑到着です。
何かと申しますと。。
古戦場の跡地です。
以前から気にはなっていたのですが
中々寄れなかった場所です。
では、早速。
全体は、この程度の広さです。
かなりこじんまりしていますがこの辺り
一帯が当然、エリアになります。
(何せ、南九州の関ヶ原、といわれたくらい
の激しい戦いだった様子なので。。)
ここでの戦いを境にして、島津家は南九州
三州を納めるに至ったとのことで、かなりの
激戦地だったことは想像に難くないのですが
もう少し、観光スポットとしてアピールしても
良いかと。
(結構、判りにくい場所ですので。。)
三角田といいまして。
島津義弘が、敵軍の将を倒した場所なんだ
そうです。
同時に、敵軍深く入りすぎた島津義弘を
逃がすために、沢山の重臣が身を挺して
討ち死にした場所でもあります。。
しかし、島津の戦い方は凄いというか。
確か、明の軍勢との戦い方もしかり
関ヶ原での退き口と呼ばれた戦い方もそう
ですが、島津の家臣たるには、本当に大変
でしたでしょうし、血鉄の信頼関係にあった
のでしょうね。。
すぐ横に神社も。
縁の方々が近くにおられるのでしょうか?
さて、それでは供養塔の方に。
このエリアだけ鬱蒼と木々が生い茂って
います。
おおっ!
こ、これは。。
・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・。。
こ、ここは・・・・・。
パワースポットですかね!?
六地蔵塔、と言いまして。
島津義弘が敵味方の戦死者を弔うために
建立した、との言い伝えです。
鹿児島県内のあちらこちらにもありまして
無無無。も何度か見かけた事があります。
磨崖仏と一緒に彫られた場所もあったかと。
宮崎・鹿児島は天孫降臨の舞台ですし。
探して歩くのもアリですね。
島津義弘が、敵将を槍で打ち倒したあとに
腰掛けた岩、とのことで。
西郷さんが腰掛けた石、なんてもの何処かで
見ましたね。
しかし、自由闊達に伸びた木々を見て
いますと、ここだけ何か違う場所に思えます。
うーん、満足。
いや、何か足りないな。
何だ?
つ、続くのであるよ~。
(ま、リハビリ中ですしねっ!)
今日の肴はこちら。(笑)
土佐にチャリツーに出かけた古い友人が
送ってくれました。
(感謝!)
酒盗(しゅとう)と言います。
鰹の内臓を塩辛にしたものだそうで
甘口・辛口とあります。
いやもう、見ているだけで、ヨダレが。。
合わせるのは、広島・竹原は中尾酒造場
謹製の”誠鏡”で行きますか。
もう、五臓六腑に染み渡るたぁ、このことよ!
(いつから江戸っ子?)
夜は続きます。。
最近は、一頃の激痛は影を潜めて
おりまして、痛み止めもかなり少なめ
で済んでいます。
あんまり動かないのもマズイ、という
医者の指示で(筋力が落ちると首を
支えられないので)、ちょこちょこと
動いております。
(バイクに乗ってなかったら体重が落ちて
まして、”脂身”が減ったのかと思いきや
筋肉が落ちた、と。。(T_T))
でもって、そろそろどうかいな、と
ばかりにチョー久しぶりにバイクを
出して(バッテリー外していたので
時計合わせからでした。。)みたのですが
まー重い!
CB1100 から乗り換えた時は、こんなに
軽いか!と感動したモンですが、今回は
正直、駐車場から出すのに苦労しました。
取り敢えず、盛り返さねば!とばかり
二ヶ月以上振りの”散歩”に出発!
何処に行こうか悩みましたが、ここは一つ
ちょくちょく目の前を通ってはいても、寄った
事が無い場所に、と北行することに決定!
国道 268 号線を北上していき、最初に到着
したのは、JR 吉松駅であります。
吉松は九州自動車道・栗野 IC で降りて
国道 268 号を少し北上したエリアにある
温泉街です。
JR 肥薩線と、この駅を起点とする吉都線
の駅でもあります。
近くには、以前訪れた展望台やパラグライダー
の基地もあります。
首の調子を見ながら、最低でも 20~30 分
おきにコンビニや撮影場所探しがてらの休憩を
入れながら、ソロリソロリと走行していました。
今回の、最初のお目当てはこちら↑です。
何やら黒い鉄の大きな物がありまして。
C55 であります!
晩年は、ここ吉松から当時の西鹿児島駅まで
走っていたとのこと。
昭和 49 年まで走っていたとのことですから
無無無。よりご年配の方は、リアルでご覧に
なったことがあるのでは?

かなり綺麗に保存されていて、昭和 12 年に
製造されて以来、走行距離 338 万キロ(!)
も走破した車体とは思えません。
感じが印象的だと思います。
(小さな機関士がお二人、作業中です。)
整備すれば、復元は出来そうな状態に
見えますね。
人吉の SL も近くですし、予算が付けば
復活させて是非、鹿児島に走らせて欲しい
とか思ったりします。
スポーク動輪、というのは良いですね。
どことなく馬車的な優雅さを感じます。
(無無無。の身長より直径が大きいか。。)
炭水車を除いて、運転時で車重が 66 トン!
1000 馬力以上出るとは言えこれが動く
とはにわかには信じられんし。(笑)
鹿児島や宮崎には、あちこちに”陸蒸気”が
保存されていますから、探して歩くのも
楽しいですね!
そのまま国道 268 号を北に。
実は、先月出来た道の駅”えびの”に寄ろうか
と考えていたのですが、一車線潰して渋滞!
こりゃ、ダメだな、と”スルーしました。
で、気が付いたら、こんな場所に↑到着です。
何かと申しますと。。
古戦場の跡地です。
以前から気にはなっていたのですが
中々寄れなかった場所です。
では、早速。
全体は、この程度の広さです。
かなりこじんまりしていますがこの辺り
一帯が当然、エリアになります。
(何せ、南九州の関ヶ原、といわれたくらい
の激しい戦いだった様子なので。。)
ここでの戦いを境にして、島津家は南九州
三州を納めるに至ったとのことで、かなりの
激戦地だったことは想像に難くないのですが
もう少し、観光スポットとしてアピールしても
良いかと。
(結構、判りにくい場所ですので。。)
三角田といいまして。
島津義弘が、敵軍の将を倒した場所なんだ
そうです。
同時に、敵軍深く入りすぎた島津義弘を
逃がすために、沢山の重臣が身を挺して
討ち死にした場所でもあります。。
しかし、島津の戦い方は凄いというか。
確か、明の軍勢との戦い方もしかり
関ヶ原での退き口と呼ばれた戦い方もそう
ですが、島津の家臣たるには、本当に大変
でしたでしょうし、血鉄の信頼関係にあった
のでしょうね。。
すぐ横に神社も。
縁の方々が近くにおられるのでしょうか?
さて、それでは供養塔の方に。
このエリアだけ鬱蒼と木々が生い茂って
います。
おおっ!
こ、これは。。
・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・。。
こ、ここは・・・・・。
パワースポットですかね!?
六地蔵塔、と言いまして。
島津義弘が敵味方の戦死者を弔うために
建立した、との言い伝えです。
鹿児島県内のあちらこちらにもありまして
無無無。も何度か見かけた事があります。
磨崖仏と一緒に彫られた場所もあったかと。
宮崎・鹿児島は天孫降臨の舞台ですし。
探して歩くのもアリですね。
島津義弘が、敵将を槍で打ち倒したあとに
腰掛けた岩、とのことで。
西郷さんが腰掛けた石、なんてもの何処かで
見ましたね。
しかし、自由闊達に伸びた木々を見て
いますと、ここだけ何か違う場所に思えます。
うーん、満足。
いや、何か足りないな。
何だ?
つ、続くのであるよ~。
(ま、リハビリ中ですしねっ!)
今日の肴はこちら。(笑)
土佐にチャリツーに出かけた古い友人が
送ってくれました。
(感謝!)
酒盗(しゅとう)と言います。
鰹の内臓を塩辛にしたものだそうで
甘口・辛口とあります。
いやもう、見ているだけで、ヨダレが。。
合わせるのは、広島・竹原は中尾酒造場
謹製の”誠鏡”で行きますか。
もう、五臓六腑に染み渡るたぁ、このことよ!
(いつから江戸っ子?)
夜は続きます。。




























