まだまだ寒いですね。
雨が降ると気温が緩むのは、春が
近づいている証拠でしょうか?
さて、先日、国道 10 号線を走った時に
そういえば、石橋記念公園にバイクで
行ったことが無いなあ、と思い出し
NC700X で出かけてみることに。
今日もお天気はよろしくて。
桜島さんはバンバン噴火してまして(笑)
風向きが南方向でも、噴煙の上がる高さ
によって、風が廻るらしく、シートやケースの
上にうっすらと降っていました。。
錦江湾は、深いところで水深が 200m を
超えるので、色々な生き物が豊富に生息する
不思議な海です。
水質はごらんの通りです(笑)。
場所は、国道 10 号線沿いですが、海側の
埋め立て地方面、JR 鹿児島駅の北東に
なります。
またここは、かの篤姫さんが島津斉彬の養女に
なる前の本当の実家である、今和泉島津家
の跡地あたりになります。
(敷地面積約 3200 坪!家って。。)
元々は、鹿児島市内を流れる甲突川に 5 本の
石橋が架かっていたのですが、平成 5 年の
水害(8・6 水害と呼ばれているそうです。)で
2 本が流れてしまい、残った貴重な文化遺産
である 3 本をここに移設して公園として整備
したと。
どれも大きいですね!
1800 年代半ばに造られたとは。。
返す返すも、流失した橋が惜しいですね。
では、ボチボチ参りますか。
最初は、西田橋です。
50 m 近い長さを誇る、4 連橋です。
完成まで、どのくらいの労力が掛かったの
だろうか。。
手入れされたプランターがカド角に置いて
あって、綺麗でしたよ。
鹿児島は、どこも四季折々の花に囲まれて
いるイメージがありますね。
市営の施設でも、並々ならぬ情熱で管理され
ていたりしますし。
渡っちゃいます。
幅が 6 m 以上あるので、広々です。
ナナメに石が敷いているんですね。
自重で締めるためでしょうか?
渡りきった場所に、こんなのが。↑
何かと申しますと。。
江戸時代の神明社外堀跡と。
(画像見にくいのですが、元々、擦れぎみ
でしたので、こんなもんです。。爆)
しかし、日本の木造建材の持ちの良いこと!
渡りきったところに、大きな門が。
瓦の部分には当然。。
島津の御紋が。
再建されたものなので、当然、綺麗です。
西田橋御門といいまして、元々、西田橋が
あった場所の左岸側に実在していたものを
橋の移築に合わせて再建したと。
雰囲気出してみました。(笑)
当時の感じに見えますでしょうか?
橋を渡って、隣の祇園之洲公園側に。
しかし、ここは松がどれも見事ですね!
で、こちらが高麗橋と。
先ほどの西田橋より長く、約 55m もあると。
約 4000 個弱の石を使用しているそうです。
車も走っていたんですね。(!)
補修工事の記録があまり残っていないので
再現が大変だった様子。。
渡ってみます。
幅 5.4m との話ですが、それ以上に広く
感じますねぇ。
こんなのが、1850 年前後にあったとは。。
さすが、島津であります。
下に降りてみました。
余計、大きく感じます。(笑)
当時の人たちの目には、どう映っていたの
でしょうか?
(当時は、木の橋が主流だったでしょうし。)
見事なモンです。
こんなに正確に、よく切り出せたモンです。
自重で”締まる”ような造りです。
なんか、ピラミッドを思い出しました。
↑でもって、こちらの方はと申しますと。。
この方、熊本の石工です。
熊本は石橋がもの凄く多い(日本一?)の
ですが、この方はその腕を買われ薩摩藩の
土木工事の殆どを指揮し、一族で九州
全部で 200 弱の石橋を架け、甥っ子さんは
何と皇居の二重橋を掛けた人物!
当然、こちらの橋も。
何処で勉強したのでしょうね?
(才能、と片付けるには無理が。。)
こちらの松も、ご立派!
というより迫力ありすぎですがな。。
祇園之洲公園は、石橋記念公園に隣接した
ところで、移築した 3 つの内、2 つはこちらに
架けられています。
祇園之洲は、薩英戦争に縁の深い場所
であります。
後ろに桜島さんを従えて、では無いか。
ソテツやバナナの木ではないのが良いと
思っています。(笑)
桜島さんの前に掛かるのは、玉江橋です。
小さく見えますが、これでも全長 50 m 以上
あります。
比較的最近まで原形をとどめていたおかげで
創建当時の復元が出来た、と。
素晴らしい!
豪雨で流されにくいように、橋脚のねもとに
三角の衝立みたいなのが増設されている
様子です。
しかし、5 橋全部で建設費が16302 両も
かかった、との記録。。
これ、今の貨幣価値でお、お幾ら??
頭、煙あげて炭になったので(どっかの
バッテリー並。。)続きます~!




























