そう、彼女はHIVに感染していたのだ



今はまだ私は知らなかった。




そうとも知らない私は一人で体を洗いながら後悔していた。


流れに身を任せてりゃー今ごろ…





彼女ふてくされてたな。ふてくされたってことは、彼女にとって、私の選択は不都合、思い通りにいかなかったということだ。


心の声からしてもそれは確かだ。


あのまま流されてたら、いいように骨抜きにされていたに違いない。

てゆーか
この心の声が聞こえるのって彼女に対してだけなのか、あるいは

他の人間に対してもなのか

もし後者ならすごいことだ。

私は対人関係において無敵の能力を得たことになる。相手の本音を見抜けると言うことは、その相手に騙されることはない。駆け引きはお手のものとなる。ちょっと考えただけでもそうとうすごい力だ。



少なくとも今、彼女に対して私は圧倒的イニシアチブを持っている。


何故聞こえるようになったのか
聞こえる時と聞こえない時があるのは何故か


気になることはたくさんあるが、まずは今の彼女主体のこの状況を覆してやる





私はあえて普段通りTシャツにトランクスという格好で浴室から出た


これから彼女と文字通り一戦交えることになる。比喩じゃなく文字通り圧倒的有利な心理戦を。



気持ちが高揚していた
この能力を意識的に使おうとしている




お待たせ。あー気持ち良かった。

遅いーわしゃー待ちくたびれたよ。どこをそんなに洗ってたの?



そりゃあすみからすみまでさ(笑)
私は汚らしい汚物の塊のようなものでして、入念にこすらないと汚れが落ちないのであります。ほら、私、汚れが落ちて少し縮みましたでしょう?

縮んでないし(笑)
ウケるーゆうさん変わってる(笑)
まあキレイになったならいっか




変でしょ俺。よく言われるよ。


私は

タバコ吸わせてとタバコに火をつけ、

彼女の隣りに座った。



吸う?

彼女に促すと

タバコは吸わないと言う

でも周りが吸うのは全然大丈夫だそうだ。



彼女は嘘をついている


彼女は実はタバコを吸う。吸わない女を演じてるようだ。


よく見ると、笑顔からこぼれる歯並びは悪く、タバコのヤニが前歯にうっすら沈着している。


化粧を落とした彼女の素肌はあれ気で、さっきまで二十歳くらいに見えたが、今は二十代後半くらいに見えた




彼女の魂胆がわかってから
最初あれほどこんなキレーなコいないと思ってたのに、今では別に特別とまでは思わなくなった。それでもキレイなことには変わらないが。



そしてわかったことがある。


私に本心で話しかけている時には本音の声は聞こえないようだ。

私本体から意識をそらしかつ私のことを考えてると、その考えが声となって聞こえてくるようだ


もっと言うと、私に本心を見透かされないよう壁を作ったり表情や言動仕草を意識的に作ると、逆に本心が浮かび上がってくるらしい。

パズルのピースを一枚抜いて隠しても、抜き取られた穴の形でピースの形が分かってしまうみたいな感じだ。


本音が言葉表情や言動仕草に現れてると、心の声は聞こえてこない。




あと
私の意識も重要みたいだ

相手の本音を読み取ろうとすればするほど声は鮮明にかつ詳細に聞こえてくる



この能力を手に入れる前から、相手の表情や言動仕草などで普段から相手の本音を読み取ろうとはしてきた




だから、この能力、そんな難しくない。
相手の思ってることをさぐろうとすれば自然と声が聞こえてくる



そういえばみおちゃんさ


聞きたかったんだけど四階の奴は拒んだのになんで俺の誘いには乗ってくれたの?

私はじっと彼女を見つめた




彼女はうつむき加減で小さな声で話しはじめた


…ゆうさんのこと、実は前から知ってたの。朝、コンビニで見かけてたの。
優しそうな人だなあって。
何度か目が合ったりして、
ゆうさんが
私を見る目が…私の気のせいならちょっと恥ずかしいんだけど、

多分ゆうさんと私、あの時同じ想いだったんじゃないかなって。

えっ

私が何に驚いたかと言うと、彼女の心の声が…聞こえない


目と目があった瞬間両想いになれた気がしたの。



ああ、この人しかいないって。

それで、雑誌渡してくれた時、びっくりしたけどすごい嬉しかった。





ごめんなさいなんかキモいよね。こんなこと言って。





いや、全然キモくないよ。


…だからあの時あんなにキラキラした笑顔で、自分のことわかって欲しくて堰を切ったように話し出したんだ。


うれしすぎて言葉が見つからない…そうだよ、俺、あの時、みおちゃんにみとれてたんだ。

そして今日、あんなに話しかけるの躊躇してたのに、気づいたら誘ってた。(笑)


私と彼女は見つめあっていた



そして


抱き合った。


彼女の心の声は聞こえなかった

つまり彼女の言動をそのまま解釈すればそれが彼女の本心なのだ




これは私の思っていた流れではない。しかし

そう思いながらも彼女をギュッと抱きしめた。

彼女の告白は本当に嬉しかった


タバコ…確かに嘘はついてたけど、それは私に嫌われたくないって気持ちからついた嘘だったのかも…

歯並び悪いのだってボクシングやってりゃしょうがない。

しかし彼女が悪巧みをしているのも事実。

この2つが矛盾なく彼女の本心だとしたら、わけがわからない。

私のこと好きになってくれたのに私から金を奪い挙げ句始末しようとか思ってるなんてどういうわけだ?

しかもさっきは色仕掛けしてきたし。

彼女の本心がわかるほど全体像が見えなくなってきた。



そもそも私のこの能力、絶対正しいのだろうか

いや、私はこの能力をきちんと理解出来てるのだろうか。


振り回されてる。彼女にもこの能力にも

この能力を簡単に理解したつもりになっていた。つかいこなせると思っていた。。

そして、人の本心がわかっても私の気持ちの姿勢次第で決め付け、早とちりはするものなんだと知った。



みおちゃん、

俺、まさかこんなことになるとは本当に思ってなくて、その…


何?

ゴム…持ってないんだ。



え…



間が空いた








いいよ。ナシでしよ。


そういうと彼女は私のあそこをふわっと掌に包んだ。


その言葉と彼女の手にたまらなく愛おしくなったが


私はそういうところは取り分け真面目なのだ

シートベルトはどんな状況でも必ず付けるタイプだ。でも赤信号は渡る。一貫性はない変な真面目さがあるのだ。



そう言ってくれてうれしいけど、
やっぱりこういうことはちゃんとしときたいんだ。


ごめんちょっと待ってて。コンビニ行ってくるから


ええ、行っちゃうん…


私は彼女を部屋に残してコンビニに出かけた


浴室でしそうになった時はもう性欲を抑えきれそうになくて後先考えずに流れに任せてしまいそうになったけど、今は違う…

私は彼女のこと、本当に好きに…

彼女のことがわからない


そして自分のこともわからない


彼女に惹かれるものがあるのだが、それがなんなのか、状況がややこしくて答えにたどり着けない。ただの性欲なのか…いやしかし…




あー!

わけわかんね!

なんで自分のことカモにしようとしてる女好きになりだしてんの?バカじゃん!俺ってこんなに流されやすい奴だったっけ?


性欲、情、猜疑、…なんかもう頭の中がめちゃくちゃになってる
思考が定まらない


人通りのない大通り、赤信号を無視して突っ切った


妊娠回避するため避妊具買いに行こうとして信号無視して車に跳ねられたらアホだな

とか思いつつも


そうこうしてるうちに
コンビニに着いた


店内には店員と数人の客がいた


あ、この、人の本心を読み取る能力、みおちゃんにだけ使えるのか、他の人間にも使えるのかこの状況ならわかるぞ。

ちょうど目の前にエロ本読んでるおっさんがいた。


どれ…


おっ この娘エロい好み やりたい
いい表情してんな


きたきた!バッチリ聞こえる

しかも今気づいたが自分が意識を対象に向ければどんな思いだろうが聞こえてくるらしい。逆に意識を向けなければ私と関係ない思いは聞こえてこない。


あれ…
そうなのか?
何か違和感ある。



ちょっと整理してみよう

私に対する事柄を思っている場合は、自動的に受信される

私に対して以外の事柄を思っている場合は、私が対象に意識を集中することで声を拾うことが出来る。


そして有効範囲は恐らく実際の聴覚より少し狭いくらいだ。囁く声を聞き取るようなものだろうか。慣れでその程度は広がっていくのかもしれないが。

とりあえず今の認識はそんな感じだ。





違和感の理由がわかった
もしその認識が正しいなら…


お腹がヒンとした


私が仕事終わって帰宅する途中に聞こえたあの音…あの時はまだ声として聞こえてなかったが、間違いなくアレも誰かの心の声だった。


誰かが近くで私のことを考えていた?


私のことを監視していた?


そういうことにならないか?

お腹がヒン…ヒン…と鳴った。

続く























彼女のシルエットは





いたって普通だった。




湯加減どんな?




彼女に話しかけた。

ちょうどいいですよ。一緒に入りますか?
なんちゃって(笑)


はは、ホントに入っちゃうよ?(笑)ところでさ、なんか変わったことない?なんか変な音聞こえない?


音?んーシャワー流す音しか聞こえないけど、どうしたんですか?


あ、いや、それだったら別にいいんだよ。
気にしないで。それじゃあ向こう行って待ってるね。




…彼女は嘘をついてるのか?本当に聞こえてないのか?嘘をついてるにしても何故?


彼女と話してる間も、途切れ途切れずっとあの音はしていたんだ。



音…


幻聴?

それともあの音は特定の周波数で私だけに聞こえるものだとか。モスキート音みたいなものだとか。私のほうが恐らく年上だが。

…わからない。でも私に聞こえるのは間違いないのだ。








しゃしゃしゃしゃ


しゃ…しゃしゃ…しゃ……にが…しゃしゃしゃしゃ…



にが?


今『にが』って聞こえたぞ





しゃしゃしゃしゃ…



しゃしゃしゃしゃ…しゃしゃしゃしゃ…


しゃ…しゃしゃ

…しゃ……にがさない




にがさない




!!


私はぞわっとした


にがさない…逃がさないってこと?


ラジオの電波の悪い時のような聞き取りにくい、しかし確実に音ではなくて言葉として聞こえる。

にがさないにがさないにがさないにがさないにがさないにがさないにがさないにがさない…



な…なんなんだこれ…


私は今度は恐怖のあまりお腹がヒンて鳴った







ガチャ



ギクッとした。
彼女が浴室から出てきたようだ。




私は努めて動揺してることを見透かされないよう取り澄ませた。


彼女は私の貸したげたTシャツとスウェットを着ている。洗い晒しの髪から体からいい匂いがする


私は少し安堵した

彼女の外見や雰囲気におかしなところは見当たらない。

今はあの声も聞こえない。




すごく気持ちよかったよ。ゆうさんも入っておいでよ



うん、行ってくる

私は浴室に向かった


また聞こえてくる…


にがさない…

お金…奪う…

銀行の預金…引き出させる…そして



はっきりと聞こえた


これは、

彼女の心の声?

心の声が聞こえてるのか?

私は心の声を聞けるようになったのか?

まさかっそんなこと


でもそうとしか考えられない。



しゃしゃしゃしゃと聞こえていたのはチューニングがあってなくて、心の声がノイズのように聞こえていたということなのだろうか

また聞こえてきた


あの男…を


食らい尽くし
…て






間違いない。彼女はやはり企みがあって私に近づいた。

てゆーか金を奪うつもりなのか、私から。
金なんてないのに。給料日前ということもあって今通帳には一万しか入ってない。


そう言えばあの男はなんでカモにされなかったんだろう。男の方にも下心あったなら好都合だろうに。

それは最初から気になっていたことだ。
何故私?

彼女は何か嘘をついてる?


さっき部屋で談笑してた時の違和感を思い出した。


あの吸い込まれそうな笑顔はなるほど、
そういうことか。カモを見る目だったということか。

その後…なんか引っかかる表情してたんだよ彼女。そう、私がなんか違うこと言ったかのような表情したんだよ。あん時私はなんて言ったんだっけ…



湯加減どうですかー?(笑)


今度は彼女が浴室の前に立っている。




さっきのお返しですかあ?(笑)気持ちいーよ。1日の疲れが洗い流されてくみたい

この、汚れが落ちて肌がキュッキュしてくる感じ好きなんだよね

なんかこのキュッキュさせるために仕事してんなーみたいな(笑)

私は平静を装うために話続けた

まー仕事の後の一杯のためにも仕事してるし、アイスのためにも仕事してるんだけどね(笑)


てかホント、こんなことになるとは思わなかったなあ。



こんなことってどんなこと?

彼女が聞いてきた



そりゃあ、こんなキレーなコ部屋に泊めることになるとは俺ラッキーだなって意味だよ


ガチャ


えっ

彼女が入ってきた。





服を着ていない
タオル一枚だけ巻いた姿で入ってきた。


私は平静を装うことがついには叶わなかった


ちょ


ちょマジ?


お背中流させてくださいな


色白の彼女の体はまるで極上のクリームのように、猜疑心であふれた私の頭の中を一瞬で乳化させた。


狙ったようなタイミングで私の思考力は奪われた。


後ろ向いて


言われるまま後ろを向いて背中を差し出すと

彼女はボディシャンプーを手にとり私の背中を丁寧に洗ってくれた

すごい広い背中!やっぱり男の人って背中おっきいね!



洗っている箇所以外にも感触がある

多分胸がツンツン当たってる


え…タオルは…


みおちゃんさ…

すごい積極的っつーか展開力あるよね。俺、奥手でいろいろ考えちゃって結局なにも出来ないこと多いから、すごい尊敬するよ。

これは本音だ

例え悪巧みのためとはいえ、ここまで出来るってのはすごい。

私は彼女の魂胆を知ってるからアレだけど、知らなかった場合、女の子にこんなことされたらなんて思うだろう。

これはもう完全に誘ってる、もうやっちゃっていいと解釈するよな。


ツンツン当たる…そしてとうとうツンツンどころか完全に密着した

もはや私の思考力は限り無くゼロに近い

なるようになれ

と振りむこうとした瞬間



こいつ…金なかったら始末する…



心の声が聞こえた。





このまま流れに任せていると始末されちゃうの?始末って。まあ、そういうことだろう。最悪殺されるかもしれないってことだろう。

彼女の美しさ、内からでるオーラ、ボクシング技術、かたぎじゃなくても驚かない。バックに何か輩、組織が絡んでてもおかしくない。


あークソッ


心の声さえ聞こえなきゃこのまま振り向いて彼女に色んなことするのに。


でも冷静に考えて、このまま彼女のペースで話が展開して行くのはまずいのは間違いない。
でもやることやっちゃってから考えりゃいいんじゃね?

やることやっちゃったらもう引き返せなくなっちゃうんじゃない?







ありがとう!もう十分キレーなったよ!あとは前の方は自分で洗うから先出てて。



…はーい。それじゃあ先出て待ってるね。キレーに洗ってきてね。


彼女は

初めて見せるちょっと低いテンションでそういうと、石けんのついた手を洗って浴室から出ていった。


なんて奥手な…


もう少しか…


彼女の心の声が
聞こえた。


私はこの時別の意味で命拾いしている


彼女は


HIVに感染していた。


続く










はあ、



今日も忙しかった




私は飲食店のしがない従業員


1日の仕事を終え、今から帰宅するところだ。


時計の針は夜の十時にさしかかろうとしていた。

仕事が終わるのは、いつもだいたいこのくらいの時間だ。

帰り支度が済み、




建物から外に出ると、ひんやりした風が吹いていた。風が火照った体を優しく冷ました。

ああ、これから秋になるんだな。
今年の夏も何もなかった…
多分来年の今頃も、きっとそう思うんだろうな。

来年の自分に同情したりした。

なんてことを思ってはいるが、今は仕事を無事に終えた安堵感に包まれていた。




家路につく途中



コンビニで酒を買い


コンビニから出ると同時に


パシュッ!


ごくごく…



ごくごくごくごく!


一気に飲み干した。




私の至福の瞬間である


早く家に帰ってシャワーを浴びて

クーラーをガンガンに付けて

さっき買ったアイスを食べよう。

とりあえず今楽しみはそれしかない。仕事で火照った体を完全にクールダウンさせたい。それしかない。

一気に飲み干したアルコールが回り、少しテンション上げ気味で歩いている


大通りを曲がり、ひと気のない通りにさしかかったところで




しゃしゃしゃしゃ


音がする。


?なんだろ、何の音?


今まで聞いたことのない音
強いて言えばセミの鳴き声に近い


音はすぐ止んだ。

まあいいか。

まだ9月の頭だし、セミだろ




ところでセミって、幼虫で五年間土の中で過ごして
成虫になってやっと空飛べると思ったら二週間で死んでしまう

儚いねかわいそう


って

そんな話よく聞くけど





そんなことないと思う。



人生の大半をぬくぬく平和に暮らし

食っちゃ寝食っちゃ寝の毎日。
そんなだらけた生活送ってるくせして

最後の二週間、無敵の見せ場あるんだよ?

最高じゃん。



あの木に止まって鳴いてるときなんて



俺最高!うお!うおお!

って感じだと思う。


でもセミの幼虫って、自分が将来成虫になって外を羽ばたけるって知ってんのかな。

もし知らなかったとしたら、びっくりだよな。


自分がある日突然変身したら…想像しただけでテンション上がる


そんなことをかんがえながら歩いてると


もう自宅マンションにさしかかった。


ん?…

マンションの入口で男と若い女が口論してる



うわ…入りにく…


痴話喧嘩なら別のところでしてくれよ…


ああ、しかもこの男知ってる

うちのマンションの四階に住んでるやつだ


こないだエレベーターで一緒なった時、タバコ吸いながら入ってきたモラルのない奴だ


私はモラルやデリカシーない奴嫌いだ


こんなところで人目もはばからずに痴話喧嘩とは恐れ入った

本当にデリカシーない奴だ


こんな奴は女子供に急所ばかり殴られ続けて死ねばいいのに。
小学校低学年集団リンチ殺人事件の被害者として全国に顔を晒されろ。


とか思いつつも、

…そんな奴でもまあ、同じマンションの住人だし会釈くらいして通り過ぎよう。

ウチのマンションはあまり大きくないので玄関口も通路も大きくない。自転車が置いてあるのもあって、人がすれ違うのに肩をよけなければならないくらいの通路だ。

マジうざい。そんな狭いとこでやんなよ


そう思って入り口に近付くと


若い女が


男の顔面を

殴りつけた




えええ

女が殴ったことに対してもだし、もうずいぶん、人がリアルで殴られてるとこ見てないのもあって、驚きを隠せなかった。



すごいもの見ちゃったな







私は格闘技が好きだ

テレビで格闘技の番組やってたら欠かさず見るし、数年前にはK-1の試合を見に行ったこともある


彼女のパンチはテレビや会場で見たそれだ。

ノーモーションからのしっかり腰の入った右フック一閃

男は膝からストーンとその場に崩れた


今まで何度もテレビで見てきたどのkoシーンよりも美しく思えた



すごい、本格的に何か格闘技やってるに違いない



男は足がガクガクに震えながら立ち上がり


もういいよ!

と吐き捨て
ガクガクしながらもマンションの中に入って行った


ウチのマンションは入ってすぐポストがあり、その奥にエレベーターがある


男は四階に住んでる。普通ならエレベーターに乗って四階まで行くであろう

しかしエレベーターがちょうど一階にあれば良いが他の階に止まってた場合、一階まで降りてくるまで時間がかかる


他の階に止まってたようだ


ボタンを押してもなかなかエレベーターが降りてこない


どうやら
エレベーターが降りてくるまでの間を嫌ったようだ


男は

足が震えてガクガクしながらも


エレベーターの隣りにある階段を登って行った。


ガクガク震えた哀愁漂う足が階段に消えて行った







私はマンションの前で立ち尽くしていた


あまりの出来事に
マンションに入るに入れずあぐねていると


女が私の存在に気づいた


さっきまで後ろ姿しか見えなかったのだが


振り返り照明に映し出された彼女はちょっとびっくりするくらい綺麗なコだった


あれ?


驚いた、私はこの子、知っている。以前、朝職場に向かう時にいつも寄るコンビニで見かけてたコだ。


コンビニで見かける度、かわいいコだなあ、こんなコとどうやったら知り合えるんだろうなとか思ってた。


一回だけ話したことあったけど、それっきり見かけなくなってしまった。


まさか自分とこのマンションで再会するとは。



私に気づいて


どんな表情を浮かべるのか
困惑?羞恥?



その表情はイメージしていたどれでもない

輝きをおびた美しい笑顔だった
心の琴線に触れる美しい笑顔だった




私は数瞬、不覚にも見とれてしまった



あの…


女の口が開いた
この人、さっき知り合ったばかりの人なんです。
私、事情があって今晩泊まれるところを探してたんです。

当てもなく歩いてたら、この人に声をかけられて…

女は堰を切ったようにしゃべり続けた


私は、聞いてもないのにいきなり事の顛末話し出した(笑)と思ったが


話し続ける彼女の表情と声があまりに美しかったのでそれを遮る選択など出来なかった

女は話を続けた

ゲーセンで声をかけられて、今晩泊まれる場所を探してることを話したら

ウチ泊まってけよって話になって。

もちろん下心あるんじゃないかと思ったんですが、

彼は今彼女と同棲していて、彼女もウチにいるから大丈夫って言うんです。彼女も細かいこと気にするタイプじゃないし遠慮するなよと。


そういうことなら安心出来るかも

そう思って彼のウチに泊まらせてもらうことに決めたんです。

そしていざマンションに入ろうとした時に言ったんです彼…

彼女、まだ帰って来てないけどまあ気にすんなよ。

ってサラッと。



急に不安になって


そもそも本当に同棲してるのかも疑わしくなって


マンションに入るの拒んだんです。

そしたら
俺のこと信じられないのか、ここまできといてなんだよと。

直前にそんなこと言われたら動揺します。
ちょっと考えさせて下さい。


みたいな感じで
口論になって無理やり入れられそうになったんでこんなことに…ッ

クシュン!


彼女は可愛らしいクシャミをした。

長時間夜風を受けすぎたのだろうか。


…無理やり入れられそうにって感じはあの時特にしなかったが、あまりに彼女がry

そっかあ、大変だったですね。
今も泊まれる場所探してるんですよね

良かったらウチに来ませんか?



!自分でもびっくりするくらいサラッと言った


私は人見知りだしかなり奥手な方だ。女のコをご飯に誘う勇気もないくらいなのに

実際、彼女とコンビニで話した時もそそくさとその場から立ち去ってしまった。

その私が

この私が家に誘うとかマジか…



彼女は当然断るだろう、困惑した表情浮かべるだろう、下手したらさっきの男みたいに殴られるかもしれない。ああ、もう少しお話したかったな


と思ったら


したら


彼女、困惑した表情浮かべるどころか
嬉々とした表情を浮かべて


えっいいんですか!助かります!ありがとうございます!


私の誘いに乗ったのだ。



マジかっ

私は驚きと喜びとで頭が一瞬パニックになった。

しかしすぐ冷静になり疑問がよぎった

何故…

四階の男は下心あるからと拒んだのに私は大丈夫なんだ?


①私のことを信用してるから
②何か企んでるから

当然②だろう、




人生そんな甘くない甘いものじゃない。
私はずっと期待しない考え方をしてきた。
直感やいい予感はすぐに打ち消す癖がついていた。



でも

こんな若くて綺麗なコに騙されるのも一興かもしれない

どんな下心があるんだろうという興味もあって、あえて何も聞かず踊らされることにした。


じゃあ、ウチ6階なんで

さっきの男が一階に下ろしてくれたおかげでボタンを押すと速やかにエレベーターのドアが開いた



あいつ今頃四階着いてるかな…



しゃしゃしゃしゃ



どこかでまたあの音がしたような気がした


でもあまり気にならなかった


何故ならそんなことよりもっと気になる存在が私の横で微笑んでるのだから


エレベーターに乗り込んだ。


六階までの時間はおよそ10秒ほど

何かを話すには少な過ぎ

何も話さないのは少し長い沈黙



9月入ったけどまだ暑いですねそうですね的な。でも朝晩冷え込むから風邪引かないように的な。たわいもない話を二、三したような気がする

さっきはなんだかんだ期待しないとかなんだとか言ったが、
会話は上の空で完全に舞い上がっていた

私の思考はまるで大空をパンツ一枚で飛び回っているようだった




下心?多分ない!もちろん!でも流れとかあるし、ましてや彼女の方から…なんてことがあった日にゃあ、断る理由なんて存在しないしその可能性がゼロではないかもしれませんし。

薄甘い期待。

頭の中はそんな感じだった

私は自分がしょうもない奴だと思った。いや、男なんてそんなもんでしょ、とも思った。


エレベーターが六階に着いた

彼女が先におり前を向いてるスキに

チョンって股間を触った
私はたまに息子が生きてるのか気になって一人の時ちょんと触る癖がある


だからどうというわけじゃないが。


あ、そこ右に曲がって

着いた!ここ。

鍵を取り出し

ドアを開け


彼女を玄関に入れた

部屋はもちろん真っ暗で

今電気付けるよと

スイッチを探しながら私は興奮していた

暗闇で自分の部屋でいつもコンビニで見とれてたこんな可愛いコとこんな近くで二人きり


何というシチュエーション!


電気をつけた



彼女は履いていたミュールをぬぎ

部屋に


入った


気になる異性が素足で自分の部屋あがるのって、なんて言うか

学生の頃、休憩時間トイレから戻ってきたら気になる異性が私の席の隣のコと世間話するため私の席に座ってた時の気持ち。
あの発展型

部屋の電気をつけた。


あは、男の部屋って感じですね(笑)
彼女が言った。

部屋は雑誌や脱ぎ捨てた衣服で散らかってた


ごめんね狭くて汚い部屋で(笑)

今片付けるから待ってて

急いで片付けていたら

手伝いますよと
彼女も雑誌を手にとり集めてくれた


雑誌を取るため前屈みになった彼女の胸元から胸の谷間と薄い水色のブラジャーが露わになった

そして私は覗かざるをえなかった。

禁じ得なかった




ありがと(目の保養を)
ところで名前聞いてなかったよね
俺は憂(ゆう)っていうんだ

ゆうさん。いい名前ですね。
私は美音(みお)って言います。
本当は女倫が良かった。

女倫!ジョジョが好きなんだね(笑)
みおちゃんいい名前じゃん


みおちゃんさ、さっきの男やっつけた時の右フック、アレ痺れたよ!キレーに決まってたよね


スパーンて。コンパクトにキレーに顎を打ち抜いてた。
俺、格闘技見るの好きだし少しキックのジム通ってたからあのパンチ見たらわかるよ。そうとうやってるね。俺、みおちゃんに勝てる気しないもん(笑)


やっぱり見られてましたか(笑)私、

ボクシングやってるんです。親がジム経営してて、幼い頃からずっと。だからやっぱりああいう場面になるとつい拳が出ちゃうんです(苦笑)

本当は左ボディから体がくの字になった所で右につなげたかったんですけど、彼があまりに無防備だったのとなんかムカつく顔してたんでつい右からいっちゃいました(ハート)


怖い怖い(笑)俺もああなんないように気をつけなきゃ(笑)
彼、足ガクガクしながら階段登ってたね(笑)


ヤダーゆうさんにはあんなことしませんよ。と言う彼女はやけに甘い優しい表情を浮かべた。

彼がエレベーターの前でドア開くのを待ってた時、私も気を利かしてすぐ立ち去れば良かったんですけど、なんかジッと見ててしまいました。(笑)



みおちゃん意外と悪いコじゃね(笑)
あん時の階段登ってる姿哀愁ハンパなかった(笑)
あいつ今頃、一人で何思ってるだろ(笑)



え?あ、うん。女の子に叩きのめされてプライドはズタズタになっちゃったよね。きっと(笑)


あは、ズタズタだろうね。まあ、自業自得だけど、みおちゃんがまさかボクサーだったなんて知らなかったろーし不運ちゃ不運だよね(笑)


私は談笑しながらも彼女に対して二つ引っかかる部分があった


一つは一瞬やたら甘い表情を見せたこ
と。なんて言うか、全てをとりこまれてしまうようなちょっと怖さのある笑顔だった


もう一つは聞き返してきた部分。

聞き返してきた時の表情が、何て言ったか聞こえなかった時の表情とかじゃなく
え?何言ってるの?的な、私が何か間違ったことを言ったために出た表情に見えた。
眉間の感じが。



まあ、みおちゃんとは知り合ったばかりだし、眉間の感じは表情の癖かもしれない。そこまで深くこだわることでもないかなとは思った



その時は



コンビニで買ったアイスを二人で食べた


ああ、まさかこんなことになるとは


思ってもみなかった


あの時はこのアイスを食べることだけが今日唯一の楽しみだと思ってたのに



時計の針は夜11時を回っていた





お風呂…入りたいな




彼女がそう口にすると

私はお腹がヒンと鳴った

私は緊張したらお腹がヒンと鳴る

彼女のその言葉で今まで夢見心地だった感覚が
リアルな感覚に転位した。

今まで聞きたかったことがいくつかあったけど、それを聞くと、夢から覚めてしまうような、魔法が解けてしまうような、そんな気がして保留にしておいたことが

リアルな感覚に戻ったことにより
気になりだした。




そうだよね、そんな時間だね。俺も仕事で汗かいてるし、入りたくなってきたよ。いいよ先入りんちゃい

彼女は頷くと風呂場の方へ向かった
その後ろ姿は姿勢がよくて腰が凄く細くて、とても美しかった



はあ…



こりゃ やってしまうな


例え罠があったとしても止まらないわ。


まさかこんなことになるとは



そうおもいながら股間をちょいと触ると
ムクムクしてきた。ゆうさん生きてますよと、いわんばかりに。




シャー



シャワーを流す音が聞こえる




男にとってこの待ち時間ってなんだろ。
パチンコの開店待ちの時の心境に似てる。
例えが悪いか。





シャー



しゃしゃしゃしゃ




あの音が聞こえた


またか…



シャワーの音に紛れてあの音が
聞こえる









どういうわけだ



間違いない







その音が聞こえる方向と
彼女がシャワーを浴びてる方向が一緒なのだ



この音
ちょっと気味が悪くなってきた



彼女がシャワーを浴びてる方向からセミの鳴き声のような音がするんだ
ちなみに浴室はマンションの中心側にあり
外から聞こえる音ではないのは間違いない。



ホラー映画でありそうな話だ



彼女は実はセミ人間だったのだ!


みたいな





まあ、現実的に考えてそれはないとして、
あの音、すごい気になる。



今日は思えばあの音が聞こえた頃から今まですごい展開になってる


彼女とこの音は何か関係あるのだろうか


全く見当もつかないが。






言っておくがっ


これは下心だとかいやらしいものではない!

今、私は誰に対して言い訳したんだろう



私は浴室の前に立っていた。





浴室の前にけっこう大胆に下着が置いてある。上下おそろいの水色のレースのついたかわいい下着。
すいません、見てしまいました。

シャワーの音が聞こえる。


おかしなものだ


この状況で


私が何を感じてるかと言えば




恐怖



浴室からあの音が聞こえる



聞こえる





しゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃ




浴室の磨り硝子ごしに見える彼女のシルエットは




続く