私が初めて韓国という国を認識したのは、高校生のころである。
勿論、韓国という国が日本の隣にあるということは、幼いころから知ってはいたか、それと言って興味もなく、その名前だけ知っていたに過ぎなかった。
当時、私が住む地域にあった領事館の領事が母校を訪れて、「皆さんは日本のすぐ隣にある、韓国という国を知っていますか?どんな人たちが暮らしているのか考えたことはありますか?」と冒頭に私たちに投げかけた質問に、私ははっとした。
小さなころから英語を勉強し、実際に英語を使うところへ行って練習してみようと両親には英語圏の国へ旅行に連れて行ってもらったり、中学時代にはフランス語を勉強し、夏休みに実際にフランスにホームステイへ行ったりと、自称国際人を目指せ!とばかり海外にばかり目を向けていた私にとって、韓国とはあまりにも近い国であり大して魅力的に思う国でもなく、隣人であるにも関わらず、一度も目を向けたことのない落とし穴のような国であったのだ。
そして、領事が紹介してくれる韓国人の生活、文化、社会情勢など、聞いているうちに、「果たして日本のすぐ横の国、韓国とはいったいどんな国なのだろう?すぐ横の国がどんな国なのかも知らずに、遠い国にばかり目を向けて、国際人になろうと思っていたとは、まだまだだったな。」と気付き、思い立ったら吉日とばかり、丁度県で募集していた韓国への高校生派遣団に応募したのであった。
1996年。初めて訪れた韓国は、ただただ驚きの連続であった。
その時の韓国はIMFの真っただ中。 国際的な支援を受けなければ、国としてやっていけないほど経済的に貧困している貧しい国という漠然としたイメージを持って訪れた韓国は、高層マンションが立ち並び、多きなデパートやアミューズメント施設があり、その当時私が暮らしていた地方都市よりはるかに都会であったのだ。
そして、経済的に苦しい状況にあるのだから、国民のみんなが元気がないのではと思っていたら、そんな国の情勢はどこへやら、朝早くから夜遅くまで多くの人が活動し、今のこの状態を何とかしようと国民全体で立ち上がり頑張ろうとする意気込みが感じ取れる、活気に溢れまくった国であった。
そして、そんな国で出会った、同年代の高校生たちは、お弁当を3つ持って高校に向かい、朝早くから夜遅くまで高校で勉強をするという、当時進学校に通っていた私でもびっくりするような勉強量に勉強時間。更に、彼らは日本に大きな関心を持ち、私の一挙手一投足全てに関心を持ち、日本の国を知りたいという好奇心の塊であった。日本で、私の周辺では誰もこんなに韓国に対して好意的にそしてこんなに興味を持って知りたいと思う人はそれほど存在しない。そんな韓国の一方的な片思いにのようなこの日本に関する関心の高さを日本は知らずにいると感じた。
そして、そこで出会った同世代の友人が日本に対して興味を持ってくれているように、私ももう少し韓国に興味を持ち、知ろうとする努力が必要であると考えるようになった。
日本人の誰もが無意識的にそして潜在的に持っている韓国という国のイメージ。
確かに日本は豊かな国だ。そして、日本以外のアジアの国は日本よりは遅れている。脱亜論とまではいかないが、そんな考えがそれまでの私の根底にあったが、その意識が良い意味でも悪い意味でもいろんな意味で覆される、そんなギャップに溢れた国。それが私が初めて訪れた韓国であったのだ。