アルケミスト―夢を旅した少年 (角川文庫―角川文庫ソフィア)/角川書店


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これは「夢と予感(予兆)に導かれ、まだ見ぬ地へ宝物を探しに行く少年の話」を軸に、世界や時間、人間の人生を含めた森羅万象のあり方についての哲学が語られる本。おそらくイスラム教の教えをベースにした概念と理解した。本文中には人生の格言となりそうな魅力的なフレーズが満載なのだが、終始ブレずに、一貫するイスラム教思想の流れの中にどれも登場するため、安易な抜粋では本質を掴みきれない。短くベタにまとめるなら「宝物を探す過程」こそが遥かに彼にとっての宝物だった、という結末。 

この本は「星の王子さま」と並列な印象に置かれる(らしい)。たしかにどちらも本文中にいかにも魅力的で、部分的に抜粋したいと思う人生の格言めいたフレーズが満載だからだろう。しかしながら、本質は全く異なる。 
星の王子さまの「格言」が出てくる文脈、背景はホントしょーもないもので、「いいことば」を一つ言うためにいくつもの不愉快な設定を言う。何かの価値を高めるために、その周囲のものをこき下ろす…というやり方なのだ。そしてそんな文脈を忘れて、いいことばだけが抜き出されて一人歩きしていく。 

これはイスラムの世界観、人生観に基づいた物語なのだと思った。 
読み続けるうちに、自分の持っている価値観や概念、森羅万象の位置づけはひとつのパラダイムに由来するものにすぎないと気付かされた。イスラムもまたひとつのパラダイム。どっちが正解というわけではない。この世もまたパラレルなものだ。 

アルケミストとは錬金術師という意味。 
ものごとにはすべてそれぞれの運命があり、何かが進化するときにまわりの全てのものが進化する。大いなる者の力を感じ、身を委ねながら森羅万象の運命、自分の運命を理解すること。それをするものが錬金術師だとまとめられる。貴金属としての金を手に入れることしか興味を持たない者には、この世にかくされた大いなる秘密はわからないまま、錬金術の真意がわからないまま。 
そこでは「自分の運命は自分で切り開く」という言葉は少し異質に感じる。この本において、人生において努めるということは、宇宙と自分の心に身を委ねて自らの中に小宇宙を見出すという自助努力なのだ。主人公はまずは自分の見た「夢」から出発し、この境地に至る旅に出た。 

決して主人公は「世界を感じられる選ばれし者」ではない。誰しもがそういう志でいるならば錬金術師になれる可能性を物語は説いているし、主人公にも選民意識はない。 
ただただ自分の心の声を聞くことにひたむきに、世界に謙虚にひざまづく姿が印象的だった。 
そういった思想の文脈を押さえないままに、この物語に登場する魅力的なフレーズを私のパラダイムに寄せて格言として取り上げるのは控えるべきだろうと思う。 
物語に登場する錬金術師になりたいイギリス人の言動も、異質なものだった。 
良し悪しではなく、この人もまた違うパラダイムに生きている。 

この本を読んで思い出したのは、ノーベル平和賞を受賞したパキスタンの少女マララに宛ててパキスタン・タリバン幹部ラシードが送ったとされる手紙だった。そこでは、「タリバンがなぜマララを攻撃したのか?」についての一見解が示される。 

"あなたは教師とペンと本さえあれば世界を変えられると言った。私もそれには同意する。しかしどのような教師、どのようなペン、どのような本なのだ? 預言者ムハンマドによって私は教師として世に送られ、教科書にコーランが送られた。崇高で敬虔な教師の預言的なカリキュラムが世界を変えられるのであって、悪魔的なものや不信心者のカリキュラムではないのだ。 
あなたは、ジャーナリストが「なぜタリバーンはこの教育を恐れるのですか」と生徒に訊かれ、「本に何が書いてあるかを知らないからだ」と答えた例を挙げた。あなたと全世界に対して、なぜ彼らがアッラーの本を恐れるのかと言えばそれが何かを彼らは知らないからだ、と言っておく。 

タリバーンはアッラーの本に書いてあることを求め、国連は人間が作った本に書いてあることを求める。我々はコーランによって全世界の人々をその創造主と結びつけ、国連は僅かな悪の創造主のために全世界を奴隷にする。 

あなたは不公平な国際機関のステージで正義と平等を求めた。あそこはたった5つの不正な国が拒否権を持ち、残りの国々は非力なのだ。周りの国がどんなにイスラエルに反対しようとも、1つの拒否権で正義の喉元を脅かすのだ。 
あなたが世界に向けて語りかけている場所、そこは新世界秩序を目指すものだ。しかし旧世界秩序のなにが間違っているというのだ?彼らはグローバルな教育、グローバルな経済、グローバルな軍隊、グローバルな貿易、グローバルな政府、そしてついにはグローバルな宗教まで作り上げようとしている。私が知りたいのはそこに預言的な導きの入り込む余地はあるのかということだ。国連が非人道的や残虐だと言ったイスラームの戒律、イスラームの法の入り込む場所があるのだろうか?" 

グローバリゼーションが絶対唯一の世界の正義ではなく、これも欧米という一大勢力が生み出したひとつの正義の形にすぎない。イスラムにはイスラムの世界の捉え方があり、自らのパラダイムを不当に浸食されている…そういった危機感と怒りというものがあるのだろう。だからといって暴力が正当化されるわけではないが。 
手紙の出典元: 
http://tyoscenery.exblog.jp/20345239/