2014年12月の読書メーター
読んだ本の数:11冊

よあけ (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)感想
こわい。なんかすごーくこわかった。なんでだろう?どこいくんだって思ってしまったから?
読了日:12月22日 著者:ユリー・シュルヴィッツ
おおきなきがほしい (創作えほん 4)感想
何かをぼんやりと想像するときに、頭から吹き出しが出ているように感じる。雲のように湧き出て、頭の上に積み重なっていく。かおるの木も住み心地のよい小屋と、動物たちの家があって…と、想像した分だけ木は自由に大きく、天を目指して伸びて行く。そんな高揚感がいい。
読了日:12月22日 著者:佐藤さとる
リッツ・カールトン 至高のホスピタリティ (角川oneテーマ21)感想
どうでしょうかね。
読了日:12月22日 著者:高野登
インドぢるインドぢる感想
インド放浪の旅。いま目の前にあるものの記述、旅以前の過去の回想、視点が客観的だったり内面的だったりと確かに混乱はするが、フォントの変換だけでほぼ違和感なく解決できている。旅のメモを紛失したせいか執筆時に記憶がおぼろげなせいか、旅の記は饒舌だったり散漫だったり、最後は唐突に「おしまい」と終わる。生々しさがほどよく抜けていて、暑苦しくなくていい。
読了日:12月20日 著者:ねこぢるy
まっくろネリノ (世界の絵本)感想
絵がかわいい。
読了日:12月19日 著者:ヘルガ=ガルラー
けんかしちゃだめ! かんじゃだめ!感想
ひらがな書きの文節ごとに空けて表記する絵本独特の文体、やや古い訳モノでは空目することばが出てきて、ずっと頭に残ったりする。そういう感じが懐かしい。話はもうとりとめなさすぎる感じがなんともいえないけど、タイトルが力強くてあっぱれ。ワニってワニを食べるの?
読了日:12月12日 著者:エルサ・H.ミナリック
ぢるぢる日記ぢるぢる日記感想
なんというか、どう捉えていいのか今となってはわからない一冊になってしまった。
読了日:12月11日 著者:ねこぢる

アルケミスト―夢を旅した少年 (角川文庫―角川文庫ソフィア)感想
「夢と予感(予兆)に導かれ、まだ見ぬ地へ宝物を探しに行く少年の話」を軸に、世界や時間、人間の人生を含めた森羅万象のあり方についての哲学が語られる。これはおそらくイスラム教の教えをベースにした概念と理解した。本文中には人生の格言となりそうな魅力的なフレーズが満載なのだが、終始ブレずに、一貫するイスラム教思想の流れの中にどれも登場するため、安易な抜粋では本質を掴みきれない。短くベタにまとめるなら「宝物を探す過程」こそが遥かに彼にとっての宝物だった、という結末。
読了日:12月10日 著者:パウロコエーリョ

ちがうねんちがうねん感想
前作「どこいったん」に続くサスペンス。ヘルマンヘッセも車輪の下で言いたかったことがこんなにコンパクトにまとまってたらびっくりでしょう。 小さなお友達も大きなお友達も、心に後ろめたいことがある子は誰でもこの重圧に耐えられないかもよ。
読了日:12月7日 著者:ジョン・クラッセン
どこいったんどこいったん感想
なんというサスペンス
読了日:12月7日 著者:ジョン・クラッセン

読書メーター
私も2013-2014シーズンの町田樹のSP、「エデンの東」に心を揺り動かされた1人だ。
清冽な高揚感に溢れたこのサウンドトラックの1曲は、クリーンな4回転トゥループ、鮮やかなトリプルアクセルといった切れ味するどいジャンプ技術に裏打ちされて、何か手の届かない静かで繊細な境地(心境)を演出していた。

あれから1年。突然の選手引退宣言には驚かされた。世界選手権で引退するかもしれないとは思っていても、全日本でとは思いもしなかった。今から思えば、本当は昨シーズンで終わっていたはずなんだろう。それがこの12月まで延期になったモチベーションは、ボーカル曲解禁より生まれた第9への構想とチャレンジ意欲ただひとつだったのだろう。
突然の知らせを受けて驚く周囲を置き去りに、町田樹の表情は実にすっきりと晴れやかで、次のキャリアを目指す新たな世界への期待感と高揚感を感じる。もう彼は次に行っている。

引退宣言の言葉を聞きながら、やはり「エデンの東」の音楽とあのプログラムを思い出していた。
少年から青年になる過程の心には吹き荒れる嵐、それに翻弄される苦しみがある。
他の何でもなく、自分の前に立ちはだかるのは自分の影。時に死へと逆増幅されてしまうほどに激しい生のエネルギーが流れていく先、激しい情熱を注入すべき突破口を求めて落ち着かず、自己否定と自己承認欲求との狭間に悩み、自分自身が何者であるか葛藤している。
やがて自分の道を掴んだとき、いや、道を掴もうとする過程のなかに等身大の自分自身を認め、心の声とうまく対話ができる瞬間がやってくる。
自分が自身と一体化する境地(timshel)が生み出す恍惚と高揚感、「どこまでも翔けていけそうな力みなぎる感じ」、エデンの東というプログラムが表すのはその境地だと感じている。

町田はスケートを通してtimshelを発見し、手にした自分の力を研究者という新たな土俵を目指すブースターエンジンに変えた。彼は自分の残りの人生において情熱を捧げたい突破口を見つけたのだ。こんな歓びはない。そして最高に美しい形で、スケートリンクを降りる姿を見せてくれた。
研究者という夢を具体的にどのように実現して持続していくか、現実はあくまで地味で困難なことの繰り返し。まだ彼の前にあるのは壮大な甘い夢、まだなにも手にしていない。どうかめげずに泥くささにまみれてほしい。大いに社会にもまれてほしい。
かつて24歳だったときにこれだけ自分の美学を体現しきったことがあるという経験が、町田の行く先折々で励ましてくれることと思い、彼の進む先に幸多からんことを、切に祈りたい。

町田が自分の手で扉を開けて新たな世界へ漕ぎだしていくのと対極に、大いなる流れに身を委ねるように新たな一歩が始まった人がいる。20歳を迎え成年皇族となった秋篠宮佳子。
皇室の顔の1人として、単独でカメラの前に立ち、話し、公の人としての立場を求められるようになる。一般人の感覚でしか想像ができないのだが、昨日までの生活と今日からの生活の景色がずいぶんと違って見えることだろう。
若い2人のそれぞれの門出のコントラストが、非常に印象的な一日となった。



チャイコフスキーコンクールのピアノ部門で日本人の女性が優勝したというニュースは、むかしむかしAMニッポン放送の、新日鉄コンサートという番組で知った。その後紹介されたファイナルでのパガニーニラプソディ、その冒頭部での空間を切り裂くような鋭い大きな音を聞いてとても驚いたのを覚えている。ロシアの建物は大きく、どれも扉は厚くて重い。だから日本と比べると普段から「使うエネルギーが多いのだ」とどこかで読んだのを瞬時に思い出した。と思えば、こんなことができるのかと思うほどのピアニッシモ・・・自分が持っていたダイナミクスレンジの概念がすっかり刷新されしまった衝撃の思い出。

それが上原彩子というピアニストとの出会いだった。
当時20歳そこそこだった彼女は、その後3枚のアルバムを出してしばし表舞台から消える。
3枚のアルバムのうちどれかと言われたら、迷いなくデビューアルバムのこれを挙げる。
グランド・ソナタ/上原彩子

ここに収録されたプレトニョフが編曲したくるみ割り人形のパ・ド・ドゥは、上原彩子のピアノの真骨頂の美しさで、生涯心にしまっておきたい大切な1曲となった。この曲は楽譜をよく見ればただの音階なのに、胸が苦しくなるなにか形而上的な世界が広がるのだ。

上原彩子のくるみ割り人形/上原彩子


7年ぶりに出た新譜は、プレトニョフのその他のくるみ割り人形編曲と、上原自身の編曲を合わせたくるみ割り人形ピアノソロアルバム。前置きが長くなったが、ここからがCDレビュー。

まず一見ならぬ一聴して感じたのは、上原彩子という人は本当に破滅とか悲劇といった世界観を持って音楽を切り取っているということ。身も蓋もなく言えば暗い。こんなにもゴシックホラーな花のワルツがあるのかと驚く。編曲での音の選び方からも、演奏からも、何やら大変な闇をまとっているような雰囲気を感じる。 
これはまたプレトニョフの編曲と交互になっていることからも際立つ傾向に思う。 
しかしプレトニョフという人は…本当に天才なんだろう。意外にシンプルな音の並びから、その何十倍の"演奏効果"となって音が溢れる。完璧な肉抜きがされていて、くるみ・・・の楽しげな雰囲気になによりも大切な軽やかさを決して失わない。そういう意味では、上原彩子編の方が捨てきれない飾りが多い分、重たくなっているのかもしれない。 
新しいパ・ド・ドゥは、ずいぶん歌い回しと抑揚が変わっていた。 
溜めかた、曲の推進させかた、そういう点が、語弊はあるがずいぶん図太くなったなと感じたのだ。 
10年前の演奏がまだなにものにも染まらない若い女性の透明なロマンスという感じであれば、今回は地に足を着け、清も濁も受け入れて朗々と歌うしなやかな女性といった様相。 

そもそもこのアルバムを出すにあたっては、子供たちに聞かせるような音楽を弾きたくなったのでという動機によるそうなのだが、少し子供に聴かせるにはだいぶシリアスな作りかな?と思う。 
ところでくるみ割り人形のおまけに入っていたチャイコフスキーの"18の小品"からの抜粋、これがひっくりかえるぐらいにすばらしかった。上原彩子の世界観からして、こちらの方が抜群に合っているし映える。 
終曲の"悲歌"、少ない音数に無限の彩りを添えるような…ただし自分自身を過度に投入することがないストイックな…ピアノはやはり健在で、耳にずっと残る1曲だった。