下手な考え休むに似たり

うん。
改めて考えてみたのだが、
私は考えているふりをして行動に移すことから逃げていると。
結論が出ないふりをして
あれこれ考えているつもりでもそれは現実から逃げているだけ。
つまり、自分を正当化しているだけの現実逃避。

そうしているうちに
時間が解決してくれるのではと
自分自身の問題にも関わらず、受け身で考えているのかもしれない…。
このままでは
いつになっても結論など出やしない。
まわりの人とも水掛け論を繰り返すだけ…。

私は自分自身を信じることも出来ない。
このような私が
目標を定め、夢見た場所で本当に笑っている日が来るのだろうか…。
その笑顔も心からの笑顔とすることは出来るのだろうか…。


意見の対立
この世の中に生きている人、全員が全員同じ考え方を持っているということはもちろんない。
私も今まで
周りの人と考え方が合わず、対立をしたことは度々あるが、
今回はより深い内容かつ人生についてのことである。

私も
はや、大学3回生。
将来の職業選択について悩んでいるところだが、
今までは
周りの意見やなんとなくで高校や大学を選択していた。
そんな私が意志を親に述べるも
真っ向から対立。
わかってはいる…。
親も私のことを考えて反対をしているということはわかっている…。

でも、
どうして…。
話を聞いてすらくれないの…。
「安定な仕事に就け。」
「人の役に立つ仕事に就け。」
私はこの考え方を否定する気は全くない。
でも…、
挑戦するチャンスくらい与えてくれてもいいじゃないか…。


私は考える。
今まで自分の意志で物事を決定することをしてこなかったことが
いざという時にも
本当の自分を心の中に押さえつけてしまっている。

なんで
一歩を踏み出す勇気すら私にはないのだろう。
踏み出して失敗してもやり直せばいいじゃないか…。


自分に
嘘をつきながら過ごすのはもう嫌だ。
ほんのわずかな勇気だけでいい。
それを持って歩きだしたい…。



最近、
よく泣きたいと思うことが多い。
悲しいことが多いというわけでもないが、
涙を流すことで妙にすっきりする。
涙を流すために私はよくアニメや漫画を鑑賞している。
友情、差別、別れ、など様々な内容の作品だが、
そのようなものの中でも人が人や自分自身を傷つける作品を見てはよく涙を流す。
そして、そのような場面を自分自身に置き換えて考えると
より一層その世界に入り込んで感情を全面に出しては泣いてしまう。
もちろん、面白いシーンや楽しいシーンでは笑ったりはしているが、
なぜか
悲しみを含むシーン等では特に感情を出して反応してしまう。

どうしてだろう…。
私は涙を流すことで満足感のようなものを覚えているのだろうか。
涙を流している自分に満足しているだけなのか。


普段の生活の中で
私は涙を流すようなことはほとんどないし、
まわりのことには関心を持っていないようだし、
冷酷な人間のようなイメージを周りから持たれているようにも思う。

だからこそ
自分だけの空間では
本当の自分を出していることで
素直に涙を流すことも出来ているということなのかもしれない。


私の文章力では
自分の思いをきれいに述べることは出来ないが、
こんな文章を書くことでも
少しだけ満足出来たように思う。


ダラダラと
綴った文章ですが、
読んでくださった方ありがとうございます。
すみません。