一昨日の月曜日、祖母の3回忌の法要がありました。
祖母は96歳で亡くなりましたが、いつも前向きで元気いっぱいの豪快な祖母でした。
祖母にはたくさんの逸話があります。
‘病は気から’ と言いますが、
70代後半~80歳くらいの頃だったでしょうか、片脚を骨折したのことで、
ギブスで固定され松葉杖生活を余儀なくされましたが、
祖母には骨折!と言う診断が納得いかなかったらしく、
『私は骨折なんかしていない!ギブスをはずしてちょうだい!!』
とお医者様に抗議し、とうとうお医者様を根負けさせ、実際にギブスをはずさせたとの事でした。
その後、数日脚を引きずっているようでしたが、
事実本当は骨折していたのか否か今となっても謎です。
大正元年生れの祖母は女学校卒業後、茨城の田舎を出て東京の親戚の家から
都心のお裁縫学校に通っていたそうです。
実家からは月々仕送りをしてもらっていたそうですが、
おいしいものに目がない祖母は、毎日銀座の千疋屋の前を通る度に、
店頭に飾ってあったマスカットがどうしても
食べたかったらしく、なけなしの仕送りの資金をその一房の葡萄のために使ってしまったそうです。
帰りの交通費もなくなり、大変だった…とよく笑いながら話してくれました。
確かに食べることには最後まで執着してましたっけ。
平成の今になっても千疋屋なんて高級なお店で自宅用のフルーツなんて買えません、私には
80歳前半まで自転車を乗りまわしていた祖母。
しかし歳を追うごとに道路のセンターラインあたりを堂々と、
ゆっくりペースで運転するのであまりに危ないと、父から自転車禁止令を出されてしまいました。
それまで乗っていた自転車は、あれば祖母が隠れて乗ってしまうから…と
自転車を隠してしまったんですから父もなかなかですよね。
そして移動するならタクシーに乗ること!とし、
それから数日間は祖母も父の言うことに渋々従っていました。
でも毎日ゲートボールや、老人大学の様々なクラスに参加していた祖母には、
周りのお友達(年齢は10歳位若い)と一緒に移動できないのが歯がゆかったのでしょう。
『タクシーなんて小回りが利かないからダメだ!…』と、
父に内緒で自転車やさんで新品の自転車を頼んでしまい、
数日後真っ白でピカピカな自転車が納品された時には家族みんなが目を丸くしました
先日の法要の際、ご住職のお話で、
『周りにある程度迷惑をかけないと長生きなんてできないですよね…』
と温かく笑いながらおっしゃってましたが本当にそうですね。
いつも明るく、愛すべき性格の祖母。
今でも実家に帰れば
『よく帰ってきたね、待ってたよ』と笑顔で迎えてくれそうな気がします。
夢でもいいからまた会いたいなあ…