フィードバックってプラスとマイナスとゼロがあるが、どのフィードバックが一番こたえるか、というと「ゼロ」が一番扱いにくい。「ゼロ」なのに、なぜか「マイナス」よりも悪いような気がする時がある。
「ゼロ」に対する自分の反応は、状況により異なる。「ゼロ」が問題になるのは、「こんな反応がいつまでにあるはず」の前提があるかないかによる。前提がなければ、「ゼロ」はただの「ゼロ」だ。
私には「結果が出なくてもとにかくやろう」、と始めた新しいプロジェクトがある。
始めたとき、「ゼロ」はただの「ゼロ」だった。
そして、プロジェクトは、幸運にも上司にも認められ、顧客からの反応も思ったよりもずっと良かった。
しばらく続けてみよう、という話になって、自分自身の前提が変わった。ひとつひとつに反応を求めるようになったとたん、「ゼロ」に対しての見方ががらりと変わった。「ゼロ」は嫌なものになった。「ゼロ」を避けようとすると、プロジェクトをやめることが一番簡単な方法として魅力的に映ったが、やめることもためらわれた。
「ゼロ」をもとの「ゼロ」戻してプロジェクトを続けた方がいいのか、それともプロジェクトの方をを変更した方がいいのか。
自分のプロジェクトは「ゼロ」を「ゼロ」に戻してみるのがいいような気がする。何せ、始めてまた日が浅いし。でも、顧客が似た立場にいたときに、プロジェクトを続けるか変更するか、のアドバイスを出すのは、思ったよりも難しそうだなぁと感じた。
人に何かをやってもらう時に、自分の「ゴール」と相手の「ゴール」にずれがあると、お互いあれ?っと首をかしげる結果になる。
販売員の商品の説明する。
塾の講師が、宿題の指示をする。
ルームメイトが流しの洗い物について文句を言う。
どれも「何かをやってもらうため」に言葉を発しているのに違いないが、うまくいくかは定かではない。相手が首をかしげるぐらいならいいものだが、場合によっては反感だけを生み出して、揚句結果も得られない。
ウィンドウショッピングをしている買い物客に「売るため」に商品を説明したらどうなるか?お店にいることを楽しんでいた見込み客は、そのお店にいることも嫌になるかもしれない。
買い物客=「時間を楽しみたい」
販売員=「売りたい」
ゴールにずれがあるのだ。
逆にゴールが似ていると「何かをやってもらう」ことも楽なんじゃないかと思う。
販売員の例なら、買い物客に「ぴったりのものを提示する」販売員は、感謝されるかもしれない。販売員のゴールが「売りたい」ではなくて、「提示したい」ならば、買い物客が買わなくても、別にずれは生じない。買ったとしても、買わなかったとしても、「時間を楽しむ」というゴールをそのままにできる。買い物客は「ずれ」を感じて居心地悪くなる必要もない。
「売る」「買う」以外の関係だったとしても、「何かをやってもらう」とき自分と相手のゴールのずれがない状態を作り出せたら・・・。
自分が疲れているときは、相手のゴールとのずれなんてよく見えないけどね。
小さな仕事をためずに、その場ですぐに片付けたら、仕事がはかどるだろうなぁ、と思っていた。
10分の仕事1個はその場でやれば10分で終わる。
3個あれば30分。
別に1時間分の仕事(だいたい6個分)が溜まるまで、待つ必要はないじゃないか。
そうすれば、夜ご飯が終わっても、まだ雑務が残っているからリラックスできない、なんてことはなくなるはずなのに。
ところが・・・
6個1時間で終わらせていた仕事を、ばらばらにやると、なぜか1個10分でできない。なぜか、と考えて先日気が付ついたことを、無理矢理方式にしたのが下の比較。
6個の仕事をやる場合
やり初めまで(5分)
6個の仕事(50分)
合間のちょっと休憩(合計5分ぐらい)
6個やるのに必要な時間=計60分
1個の仕事をやる場合
やり初めまで(5分)
1個の仕事(10分)
6個やるのに必要な時間=15分×6個=90分
そうか、なるほど、これは効率が悪い。
仕事をやり始めるまでの時間が毎回加算されちゃうからかぁ。つまり、自分はオンオフの切り替えがまだ下手なのかな、と思った。
10分の仕事をやるのに、30秒で「やり初め」モードになれば、いいのなら、ちょっとその練習をするのも悪くないかもしれない。
そこで、仕事の余裕がある日に、わざと1時間分の仕事を6個にわけてやってみた。
やっぱり1個につき15分かかるんだけど、4回に1回ぐらいは12分ぐらいで終えられる時もでてきた。
ようは「5分かかるオンを30秒でできるようにしていく」ための練習だから、後はどうやってこの練習を続けていくが・・・が課題。
まぁ、私は機械じゃないから、「できるときに練習してみよう」ぐらいの気持ちでいようかと思っている。
仕事がはかどる時が続くとうれしい。そんな時の自分の状態ってどんなかなぁと少し分析してみた。
①やることがわかっている
②やる意義がわかっている
③単にそれが好き
この中でどれが一番大事だろうか?
③は当然はかどる。でも、そんな仕事ばかりは続くとは限らない。
以前は②が一番大事だと思っていた。理由がわからなきゃ動けないよって。「何のためにこれをやるの?」が私の口癖だった。
でも、最近①が大事なんじゃないかなって思う。
「やることがわからない」・・・。口に出すとなんだかとっても情けないフレーズだけど、仕事がはかどらない時って結局「今、この瞬間にやること」がはっきりしていないんだと思う。
「今」やることがはっきりしていないと、つい「明日やること」や「今月中にやること」に意識が飛んで・・・結局どれも片付かなかったりするんだ。
明日やること、私は本当にわかっているのだろうか?わかっていたら、明日の朝、仕事のエンジンをかけるのはそれほど難しくないはずだ。
僕は、少し足が悪い大きな犬だ。ぽかぽかの天気の日、僕とねぃさんは川辺に遊びに行った。
少し歩いたらいつものように休憩。土手に座っていたら、ふと、小さな鳥さんの動きに目が留まった。
2羽いる鳥さんのうち、1羽がず~んと上空に上がった。上がって、上がってどんどん小さくなる。僕とねぇさんは、「どこに行くのだろうねぇ」と太陽に目を細めながらその鳥さんを眺め続けた。
と、その鳥さんが急降下した。土手のあたりでうろうろしていた、もう1羽の鳥さんと合流する。
狩りでもするかのように、ものすごい勢いで降りてきたのだが、何も口にくわえている様子はない。降りた後、ふわふわと空中に漂う2羽は、なんだか楽しそうで、まるで何かゲームを楽しんでいるかのように見えてしまう。
合流した鳥さんたちは、どこかに行くのかと思いきや、再び1羽が上昇。つられて上を向く僕とねぃさん。
飛び立った鳥さんはは黒い点になるまで上へ上へ。
残った鳥さんは土手のあたりをふわふわ。
首が痛くなったねぃさんは上空の鳥さんの動きを見届けなかったけど、僕は見てた。鳥さんはもう一度急降下した。それから、2羽並んでふわふわしていた。
2羽の鳥さんが何をやっているのかは、全然わからない・・・。でもすごく楽しそうだった。
1時間って何か?
15分が4つ。
もしくは
10分が6つ。
1時間という枠を確保するのは結構難しい。にもかかわらず、私は細かい仕事をその都度するのがひどく苦手だ。
10分の仕事だったら、6個まとめてやりたい。
15分の仕事だったら、4つたまるまで、待つ。
ひどい場合は、10分の仕事3つを眺めながら「どうしようかな」と考えて、45分過ぎる時がある。
・・・なんでだろう?とちょっと立ち止まって考えてみた。
どうやら、1個終わった時の「やった」の気分はそれほどないけど、4個~6個やると、なんか「やった!!!」という気になるから・・・のような気がする。
1時間の仕事は「重要」
10分の仕事は「価値があまりない」
という、変な固定概念が私の中にあったに違いない。
10分の仕事1個終了につき「やった!よくやったな」と思えたら、随分仕事がはかどるだろうなぁ。
僕は大きい犬らしい。
そして、世の中には「大きくてゆっくり歩く犬」を、嫌いな犬がいる。
昨日、ねぃさんと例のごとく「ゆっくり」歩いていたら、ふわふわの服を着た小さいワンコが僕に唸った。よそ見をしていた僕は、そのワンコの進行方向に立ちはだかっていたのだ。
『あっ、ごめんね』
ねぃさんと僕がゆっくり方向を変えようとしたその瞬間
「吠えたらダメやないの!!」
ふわふわさんのママが、ふわふわさんを怒鳴った。
落ち着き始めていたふわふわさんの体が強張った。
ふわふわさんは、見慣れない僕の動きが怖かっただけで、僕がどいたらすぐに落ち着いた。怒鳴り声が響いたのは、ふわふわさんが『いいってことよ』 と僕に言いかけた矢先だった。
このままじゃ、「大きくてゆっくり歩く犬」を嫌いなワンコがまた増えてしまう・・・!と心配した僕だったが、ふわふわさんは『じゃな』と僕に横目で挨拶しながら去って行った。
度胸のある小さいワンコもいるものだと、ねぃさんと僕はびっくりして顔を見合わせた。
「プレゼンの時に、数字が入っていると具体的でよい」という話を何度か耳にした。
最近手にする本もビジネス書が多いせいか、「数字を使うと人を説得しやすい」と書かれているのをよく目にしている。
先日、数字をいっぱい口にする発表者の話を聞いたが、正直つまらなかった。
理由は
1)同じ数字を3度以上口にしている
2)数字ばかり出して、具体的な内容がない
3)数字を出す理由が明確でない
では、おまえは代わりにもう少しうまくしゃべれるかのか?と問われればちょっと自信がないのだけれども。
とりあえず、一言でもいいから、数字を言った理由を口にしようかな。もし、理由が自明ならば、明らかに数字を繰り返す必要はないだろうし。
また、重複する内容を話すと、おそらく時間も過ぎてしまうと思う。(プレゼン者の話は予定よりも15分長かった。)
よし、「理由とくっつけて使う」でいってみよう。
先日のミーティングのことを思い出していたら、「相手の顔色を伺ってしまう」のは、いったい誰のためかという疑問がわいた。
①「相手の反応を見ながら、伝わりやすい言い方に変える」なら、相手のための行動だろう。
②「相手の顔色を見て、言葉を濁す」のは自分の保身のための行動。
自分はどっちだったのか、と考えたところ
②に流れそうになる気持ちで
①に変えようとして、結局うまく伝えられなかった。
悲しいことに、自分の保身も図れなければ、相手のための行動もとれなかった。
今の時点でわかっていることは、私はどうやら、相手の反応を見たとき「自分の保身が大切」に気持ちが傾いているようだ。