"私"がADHDだから、つらくなる。 | さりげなく紛れ〜社会人のADHD〜

さりげなく紛れ〜社会人のADHD〜

大学卒業後、ADHDと診断され早一年。
一人暮らし、社会人、でも時々過集中。
これからの生き方、どう進むのか悩みながら進む"奈良漬け"のブログ。

さっき記事を書いて思い付いたことですが、

ADHDだから辛い、ADHDの症状が辛い
というよりは、そこに"私という人格"があるから辛いんだということです。

多くの、発達障害者はそれぞれ、人格があり、自分の思い描く自分があります。
社会の中で、人間関係の中でどのように扱われたいという、理想もあります。

その理想を叶えるために、一般に人は自己実現へと努力する。


しかし、発達障害者は、自分の人格とは真逆の障害を負うことがある。
真面目なADHD、人懐っこいアスペルガー、映画好きなLD、人から尊敬されたいADD、、、など。この例はあくまで私の想像にすぎませんが。

そうやって、自分の人格があるからこそ、辛いのだと思います。

私は、親しい何人かにカムアウトしましたが、殆どの人が「そんな症状は気にならない、あなたなら大丈夫だ」という返答でした。

私がその人たちに伝えたかったのは、自分の人格を正しく見てもらいたいという欲求だったのですが。


生き辛さは、IQの高さで測れるものではないと思います。