皆さん、こんにちは。仙台市在住、パート主夫で介護職のKです。
今日は、僕が今直面している仕事の悩み…「重度訪問介護の仕事がきつい」という、正直な気持ちについてお話ししたいと思います。
1ミリのミスも許されない「重度訪問介護」の現実
僕の仕事の一つに、週に一度の「便だし(摘便)」のケアがあります。
僕が担当する利用者様は、ご自身では全く体を動かせない「全介助」の方。看護師さんと二人掛かりで、頭の角度を1ミリ単位で調整し、お腹をマッサージし、圧迫します。
その手順は細かく決められており、一つでも間違えると、利用者様の体に大きな負担がかかってしまう。常に極度の緊張感が漂う、まさに命綱を握るような現場です。
ADHDの僕が「訪問介護」で直面する2つの壁
そんな責任重大な現場で、僕はADHD(注意欠陥・多動性障害)という特性から、大きな壁にぶつかっています。
壁①:手順を覚えられない…ミスとパニックの悪循環
ADHDの特性である「ワーキングメモリの弱さ」からか、僕は細かい手順を覚えるのが大の苦手です。メモを取り、何度も頭の中で反復しても、いざ現場に立つと、ふとした瞬間に次の手順が飛んでしまう。
そして、一度ミスをすると、頭が真っ白になる。パニックです。
「まずい、間違えた!」という焦りが、さらに次のミスを誘発する。この負のスパイラルが、本当にきついです。
壁②:「睨まれる」ことで悪化していく、うつ症状
僕が手順を間違えた時、言葉を発することができない利用者様は、その意思を一つの方法で伝えてきます。
僕を、じっと睨みつけるのです。
その視線は、僕の胸に鋭く突き刺さります。「お前のせいで苦しい」という、声なき声が聞こえるようで、自己肯定感はすり減っていく一方。家に帰ってからも、あの視線がフラッシュバックし、気分が落ち込み、うつの症状が悪化していくのを感じます。「もう、この仕事は辞めたい…」と、毎日のように考えてしまいます。
「もし自分が逆の立場なら…」という終わらない葛藤
ただ、辛いだけで終われないのが、この仕事の複雑なところです。
ふと考えるんです。「もし、僕が逆の立場だったら?」と。
自分の命を他人に預け、意思を視線でしか伝えられない状況で、相手がミスをしたら…。僕だって、きっと睨みつけるでしょう。怒り、悲しみ、恐怖を、その視線に込めるはずです。
だから、利用者様を責めることはできない。僕のミスが原因なのだから。
この「相手の気持ちも分かる」という共感と、「それでも自分が辛い」という現実との間で、僕の心はいつも引き裂かれそうになっています。
きついけど、仕事を続けるために僕が意識していること
それでも、なぜ僕はこの仕事を続けているのか。
正直、明確な答えはまだ見つかっていません。でも、心が完全に折れてしまわないように、僕なりに意識していることがあります。
完璧を目指さない勇気: ADHDの僕が完璧を目指すのは無理。まずは「安全にケアを終える」ことだけを目標にする。
小さな「できた」を見つける: ケアが完璧にできた日、利用者様の表情がほんの少し和らいだ瞬間を見逃さない。それを次へのエネルギーにする。
一人で抱え込まない: こうしてブログに書くことも、僕にとっては重要なセルフケアの一つです。誰かに聞いてもらうだけで、心は少し軽くなります。
辛いのは自分だけじゃない
綺麗事を言うつもりはありません。重度訪問介護の仕事は、本当にきついです。
でも、僕のケアで利用者様の苦痛が和らぎ、ほんの一瞬でも安堵の表情を見せてくれた時、「ああ、この仕事をしていて良かった」と、心の底から思うんです。
その一瞬に救われるから、僕はまだ、この仕事を辞めずにいられるのかもしれません。
この記事が、僕と同じように介護の現場で悩み、葛藤している誰かの目に留まり、「辛いのは自分だけじゃないんだ」と感じる、ほんの少しのきっかけになれば嬉しいです。