コチラは前回の記事
https://ameblo.jp/adhdfire/entry-12920341981.html
皆さん、こんにちは。Kです。
前回のブログで、僕は障害年金の申請を巡り、主治医との間にできた大きな壁について書きました。そして、「このまま今の先生と向き合い続けるか」「思い切って転院するか」、二つの道の間で立ち尽くしている、と。
今日は、その後の話をさせてください。
僕が選んだ道と、その先に待っていた、さらに険しい現実についてです。
■僕が選んだ「いばらの道」
正直、本当に悩みました。
でも、転院すれば、また一から信頼関係を築き、診断書を書いてもらえるまでには数ヶ月、あるいはそれ以上かかるかもしれない。
少しでも早く申請して、家族を安心させたい。そして、僕自身もこの先の見えない不安から抜け出したい。
その一心で、僕は「もう一度、今の先生と向き合う」という、いばらの道を選ぶことにしました。
僕の伝え方が悪かったのかもしれない。根気強く、今の辛い状況を訴え続ければ、いつかきっと理解してくれるはずだ、と。
■壁にボールを投げ続けるような日々
しかし、その淡い期待は、すぐに打ち砕かれました。
診察のたびに、僕は今の状態を必死に伝えました。
「日中もほとんど起き上がれず、横になっていることが多いんです」
先生の答えは、いつも同じでした。
「そう。」
その一言で、会話は終わります。僕の心は、まるで分厚い壁にボールを投げ続けているような、虚しさと無力感でいっぱいになりました。
そして、恐る恐る「障害年金についてですが…」と切り出すと、診察室の空気は一瞬で凍りつきます。先生は明らかに不機嫌な顔になり、カルテに何かを書きなぐるだけ。
診察室に行くのが、日に日に怖くなっていきました。
■そして、心が折れた決定的な一言
そんな日々が数週間続いたある日。
僕は、もう一度だけ勇気を振り絞って尋ねました。
「先生、障害年金の診断書は、やはり書いていただくのは難しいでしょうか」
その瞬間、先生はペンを置き、僕を真っ直ぐ見て、こう言いました。
「もうあなたには、障害年金に関して何も伝えない!」
「もし思うような診断書が書いてもらえないというなら、他の病院へ行って!」
頭をガツンと殴られたような衝撃でした。
それは「突き放された」というよりも、「捨てられた」という感覚に近かったかもしれません。
ああ、もうダメだ。僕がどんなに訴えても、この先生に僕の苦しみは届かないんだ、と。
■答え合わせは、Googleの口コミに
診察室を出て、放心状態でスマホを眺めていると、ふと、そのクリニックのGoogleマップの口コミが目に入りました。
これまで、そういうものは先入観になるからと、あえて見ないようにしていたんです。
そこには、僕が体験したことと全く同じような声が、溢れていました。
「患者の話をまったく聞かない」
「高圧的で、質問すると不機嫌になる」
「流れ作業。診察は1分で終わる」
「ああ、僕だけじゃなかったんだ」
そう思うと、少しだけ安堵したのと同時に、もっと早く自分の直感を信じるべきだった、と静かに後悔しました。口コミは、ただの悪口ではなかった。それは、僕と同じように傷ついた患者さんたちの、悲痛な叫びだったのです。
■僕は、次の道へ進む
遠回りをしました。たくさん、傷つきました。
でも、ようやく僕の進むべき道が決まりました。
転院します。
結局、以前お世話になっていた、僕の話を親身に聞いてくれたメンタルクリニックに戻ることに決めました。
時間がかかってもいい。遠回りになってもいい。僕の言葉に、真摯に耳を傾けてくれる先生のもとで、もう一度、再スタートを切ろうと思います。
そう決心したら、ずっと胸につかえていた黒い塊が、少しだけ軽くなった気がしました。
障害年金の申請は、病気そのものとの戦いだけでなく、「人」との戦いでもあるのだと痛感しています。
僕のこの経験が、同じように悩んでいる誰かの「転院する勇気」や、「主治医を変えてもいいんだ」という気づきに繋がれば、僕が遠回りした意味も少しはあったのかな、と思えます。
次のクリニックでどうなるか、まだ分かりませんが、僕はもう立ち止まりません。
また、ご報告させてください。
