​皆さん、こんにちは。Kです。
今日のブログは、僕が今、まさに直面している壁についてです。
もしかしたら、読んでいて辛くなる方もいるかもしれない。僕自身の気持ちを整理するため、そして、もしかしたら日本のどこかで、同じように見えない壁と戦っている誰かのために、今の僕のすべてを正直に書くことにしました。

​■僕が、障害年金を申請しようと決めた理由
​以前からお伝えしている通り、僕にはADHDがあり、その二次障害としてうつとも付き合っています。
前の職場を退職後一度はデイサービスで働き始めました。でも、ADHDの特性から業務を覚えることができず、常に強い不安に苛まれ、心身ともに限界を感じてしまいました。
​仕事終わりに、気づけば実家に電話して「もうどこも勤まらない。死んだ方がいい」と泣きついていました。
結局、その職場は、妻と母が間に入ってくれて、白紙に戻してもらうことに。

​それ以来、うつの症状は悪化し、食事の準備や買い物、役所の手続きといった日常生活でさえ、妻や両親の助けがなければままならない状態になってしまいました。

​ADHDで仕事が続かない → 経済的な不安が強まり、うつが悪化する → 不安で何もできず、社会から孤立していく。

​この負のスパイラルから抜け出せない。
貯金が尽きれば、僕だけでなく、妻や子供の生活も立ち行かなくなる。
そんな恐怖の中、社労士の方に相談したところ、「今のKさんの状態なら、障害年金の要件に該当する可能性がある」と、一筋の光を示してくれました。
​そうだ、障害年金を申請しよう。
この制度を頼って、まずは生活の不安をなくす。そこから、もう一度、人生を立て直すんだ。
​そう決意した僕は、今の自分の状態を主治医の先生に正しく理解してもらうため、想いの全てを手紙に綴り、診察に臨みました。

​■全てを否定された、診察室での10分間
​「先生、私の状態をご理解いただきたく…」
そう言って手紙を渡した僕に、先生はほとんど目を通すことなく、こう言いました。
​「書いても良いけど、あなたは対象にならないと思いますよ」
「あなたのように、普通に働いていた人は貰えないですよ」
​頭が、真っ白になりました。
僕が伝えたかったのは、その「普通」を装うために、どれだけ心と体を削ってきたか、ということなのに。
​さらに、先生の言葉は続きます。
​「障害者年金は、今の状態じゃなくて、普通に働いていた時の状態を書くからね。今の一時的なうつ状態は書けないです」
(…違う。僕が申請しようとしている事後重症請求は、まさに「今」の状態を診てもらうための制度のはずだ…)
​「社労士は耳障りの良いことしか言わない。障害者年金はお金になるからね」
(…違う。あの社労士さんは、僕の話を何時間も親身に聞いてくれた、唯一の希望だったんだ…)
​「1度障害者年金をもらっちゃうと、抜け出せないんですよね」
(…違う。僕は抜け出すために、再起をはかるために、この制度を頼りたいんだ…)
​心の中で叫んでも、声にはなりませんでした。
ただ、唇を噛みしめる僕に、先生は最後に「一応は、申立書を準備してもらって。それをもとに書きますから」と言い放ちました。
​それは、僕にとって救いの言葉ではありませんでした。


​■出口の見えないトンネルの中で
​今、僕の前には二つの道があります。
​①このまま今のクリニックに通い続け、なんとか先生に正確な診断書を書いてもらうようお願いし続ける。
(メリット:通い慣れている。デメリット:こちらの意図する内容を書いてもらえず、不支給になる可能性が高い)
​②思い切って、転院する。
(メリット:新しい先生なら、正しく状態を評価してくれるかもしれない。デメリット:新しい病院で信頼関係を築き、診断書を書いてもらうまでには、数ヶ月という長い時間がかかる)
​まるで、出口の見えない暗いトンネルの中で、どちらに進めばいいのか分からずに立ち尽くしているようです。
正直、今は心が折れそうです。
社会から、医療から、見放されたような無力感に襲われています。
​でも、ここで諦めたら、僕を支えてくれている妻や子供、両親を裏切ることになる。
何より、自分自身に負けてしまうことになる。
​このブログに書くことで、僕のこの悔しさや葛藤が、前に進むためのエネルギーに変わると信じています。
僕の戦いは、まだ始まったばかりです。