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東日本大震災の直後。

 

 

 


街は壊れ、
ライフラインも止まった。

 

 

 

 

水も電気もガスもなく、
日常は一瞬で奪われた。

 

 

 

 

そんな中、
僕たち家族が飢えなかったのは、
親戚のおかげだった。

 

 

 

幸いにも親戚は農家をしていて、
米や野菜を分けてくれた。

 

 

 

 

その存在が、
本当にありがたかった。

 

 

 

震災直後のご飯は、
決して豪華ではなかった。

 

 

 

芋煮、佃煮、
作り置きのお惣菜。

 

 

 

普段なら何気なく食べていたものが、
あの日は格別に美味しかった。

 

 

 

「食べられる」
それだけで心が満たされる。

飢えへの不安が和らぎ、
生きていける希望に変わった。

 

 

 

 

ライフラインは止まり、
暗闇の中での食卓。

 

 

 

 

でも、親戚が分けてくれた
温かいご飯を囲むと、
心が落ち着いた。

 

 

 

食べ物の力は、
ただお腹を満たすだけじゃない。

安心や希望まで
与えてくれるのだと知った。

 

 

 

 

震災前の僕は、
ご飯を食べることを
「当たり前」と思っていた。

 

 

 

でも、あの時の経験で
考えが変わった。

 

 

ご飯があること、
食べられること。

 

 

それは決して
当たり前じゃない。

命をつなぐ大切な奇跡だ。

 

 

 

 

震災から年月が経った今でも、
ご飯を口にするたびに思い出す。

 

 

 

 

芋煮の温かさ。
佃煮のしょっぱさ。
お惣菜の優しい味。

 

 

あの時の一口一口が、
僕にとっては生きる力だった。

 

 

 

 

震災で奪われたものは多い。
でも同時に、
「食べられる幸せ」
を心から学んだ。

 

 

 

 

だから今も、
一食一食に感謝している。

ご飯を食べられること。

 


それだけで十分幸せなんだと。

 

 

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