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僕が空手を始めたのは
小学校1年生の時だった。

 

 

 

周りの友達が習い事を始める中、
僕も例外ではなかった。

 

 

 

選んだのは空手。
しかも防具をつけて戦う
本格的なスタイルだった。

 

 

けれど、正直に言えば

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


最初から好きになれなかった。

練習は本当にきつかった。

 

 


汗が止まらず、
息が苦しくなる。

熱い道場で、
延々と繰り返される稽古。

 

 

 

小さな体には
とてもつらいものだった。

試合に出ても全く勝てない。

 

 


勝つ喜びを味わえず、
ただ悔しさと疲労だけが残った。

 

 

 

「なんで僕だけ
こんなにできないんだろう」

そう思いながら、
どんどん空手が嫌いになった。

 

 

 

練習がある日は憂うつで、
道着に着替えるのも嫌だった。

 

 

 

親に「やめたい」と言っても
聞き入れてもらえなかった。

 

 

「続ければ強くなるから」
「我慢しなさい」

 

そう言われて、
無理やり道場に
連れて行かれる日々だった。

 

 

 

僕は当時から落ち着きがなく、
じっと座って瞑想するのも苦手だった。

 

 

空手では最初と最後に
正座をして黙想する時間がある。

でも僕はそれがどうしてもできなかった。

 

 

 

体がそわそわ動いてしまい、
頭の中は別のことばかり。

 

 

 

先生の声も上の空で、
気づけば注意されることも多かった。

 

 

 

今振り返れば、
あの頃からすでに
ADHDの傾向が出ていたのだと思う。

 

 

 

落ち着きがなく、
集中が続かず、
周りと比べてできない自分に
強い劣等感を抱いていた。

 

 

空手を通して
自分を律する力を
学べた面もある。

 

 

 

でも当時の僕にとっては、
楽しいよりもつらい思い出の方が
強く残っている。

 

 

「続けなければいけない」
「やめたいのにやめられない」

 

 

 

そんな葛藤の中で、
自分の性格や生きづらさを
意識し始めたのが、

 


この頃だった気がする。

 

 

空手は嫌いだったけれど、
あの経験があったからこそ

 


自分のADHD気質に
少しずつ気づいていけたのかもしれない。

 

 

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