小学校に入学してからのエピソードを思い出すと辛くなります。
・叱られて、いじけて机の下にこもって数時間泣いている。
・体育座りで泣いていることもある。
・忘れ物が多すぎ&私語が多く、教卓の横に席を移動させられたことが、小学校6年間で数回ある。
・朝起きられず、集団登校の通学班にいつも間に合わない。
・「本当に女の子なの?」と友達に聞かれて、教室でパンツを脱ぐ。
・ケンカで、男の子に噛みつく。
・男の子を追いかけ回して雨のなか転ぶ。
・いつも膝のあざが絶えない。
・毎日の宿題のドリルが中途半端。
・学校で整理整頓ができない。字が壊滅的に汚い。
・好きな男子ができると、逆方向の家まで着いていく。小遣い全額使って、プレゼント(笑)を買って押し付ける。
・家にあるお菓子を食べきらないと満足できない。
・爪かみ。鼻くそを食べる。
テストの点は悪くなかったと思います。
本当にひどい子どもでした。
でも、その当時は「自分はみんなと同じ」と感じていました。
みんなの迷惑になっていたことも多かったと思います。
叱られたりすると、感情がコントロールできず、その場でうつ伏してただ 泣くしかありませんでした。
ほかの子どもが、自分ほどにハードな毎日を送っていたわけではないと知るのは、育児でADHDのことを知り、「私もあてはまるかも。そういえば…」と通知表などを見返していた頃でした。
どうして母、父が、私の異質な学校生活を放置していたのかよくわかりません。
今となってはただ辛かったことばかり思い出します。
5年生のとき出会った女性の先生は、それまでの担任の先生方と違い、「問題児」の私を積極的にほめてくれました。
算数の計算式を黒板で解いたら、みんなの前で、「はるちゃんは、こんなユニークな解き方をしてくれました!」とほめてくれたことは一生忘れません。
私にとって小学生時代は暗黒でしたが、相性のよい担任の先生とめぐりあえたことは、本当に幸運なことでした。
わたしは、学校の授業や家庭学習でも、工夫すれば自信をつけることができる方法があると、やっと理解できたのです。
この頃の通知表も、精神科に提出しています。
整理整頓、感情のコントロールなど、6年間通してずっと苦手で、学ぶ機会もないままでした。
・叱られて、いじけて机の下にこもって数時間泣いている。
・体育座りで泣いていることもある。
・忘れ物が多すぎ&私語が多く、教卓の横に席を移動させられたことが、小学校6年間で数回ある。
・朝起きられず、集団登校の通学班にいつも間に合わない。
・「本当に女の子なの?」と友達に聞かれて、教室でパンツを脱ぐ。
・ケンカで、男の子に噛みつく。
・男の子を追いかけ回して雨のなか転ぶ。
・いつも膝のあざが絶えない。
・毎日の宿題のドリルが中途半端。
・学校で整理整頓ができない。字が壊滅的に汚い。
・好きな男子ができると、逆方向の家まで着いていく。小遣い全額使って、プレゼント(笑)を買って押し付ける。
・家にあるお菓子を食べきらないと満足できない。
・爪かみ。鼻くそを食べる。
テストの点は悪くなかったと思います。
本当にひどい子どもでした。
でも、その当時は「自分はみんなと同じ」と感じていました。
みんなの迷惑になっていたことも多かったと思います。
叱られたりすると、感情がコントロールできず、その場でうつ伏してただ 泣くしかありませんでした。
ほかの子どもが、自分ほどにハードな毎日を送っていたわけではないと知るのは、育児でADHDのことを知り、「私もあてはまるかも。そういえば…」と通知表などを見返していた頃でした。
どうして母、父が、私の異質な学校生活を放置していたのかよくわかりません。
今となってはただ辛かったことばかり思い出します。
5年生のとき出会った女性の先生は、それまでの担任の先生方と違い、「問題児」の私を積極的にほめてくれました。
算数の計算式を黒板で解いたら、みんなの前で、「はるちゃんは、こんなユニークな解き方をしてくれました!」とほめてくれたことは一生忘れません。
私にとって小学生時代は暗黒でしたが、相性のよい担任の先生とめぐりあえたことは、本当に幸運なことでした。
わたしは、学校の授業や家庭学習でも、工夫すれば自信をつけることができる方法があると、やっと理解できたのです。
この頃の通知表も、精神科に提出しています。
整理整頓、感情のコントロールなど、6年間通してずっと苦手で、学ぶ機会もないままでした。