ちょっと個性的なあか抜けない私は、比較的都内の裕福なご家庭から人気の私立大学になんとか滑り止めで受かりました。

入学式でいきなり大失敗です。
女子はみんなリクルートスーツなのに、私、淡い色のワンピースで行きました。

たぶん普通、友達との話のなかで知ったり、親が用意したり、雑誌とか見て知るものなんでしょう。
入学式は全員スーツ着用という慣例は…

この事件は、今でも私の行動基準に大きく影響しています。

服装について、わからなければネットや知り合いに聞いて確認すること。

興味のある学部を選んだので、履修登録も楽しみでした。
毎日講義が楽しかった。
サークルはいくつか見に行ったけど、人間関係構築するのが少し億劫だったので、入りませんでした。(人見知り)

片道一時間半以上かかる通学時間は、授業のレジュメの見直しや、図書室で借りた本を読むのにちょうどよい時間でした。

お金はありませんでしたが、私の今までの人生のなかで、最も充実していて自由だった四年間でした。
自分でスケジュールを工夫して組んで、単位がうまく取れるとうれしかったです。

この頃私は、 野口悠紀雄さんという経済学者の方の超整理法シリーズにはまりました。
「超整理手帳」買ったり、押し出しファイリングを実践したりと野口先生の信者みたいになっていました(笑)

いまから考えると、ADHDの苦手な時間管理、書類整理などのノウハウを知ることの重要性を知る機会に恵まれたと思っています。

高校生までは忘れ物ばかりして、遅刻の常習犯だったのに、いざ大学に進学すると、複雑な時間割りの確認も、レジュメ、ノートの整理・持ち運びも、野口メソッドのおかけで工夫をこらすのがとても楽しかった。

だらしない自分が、遠い大学に通学し続け、魅力的な講義を毎日受けることができたのは、超整理法の本を読んだためです。
この本は今でも私のバイブルです。

私は就職準備のため、大学には2年半ほどしか通っていません。
(この間、免許取ったりバイトしたり)
バイト代貯めて、ドイツワールドカップいきました。

その後は就職試験のための予備校に通い、ダブルスクールしていました。

予備校では毎朝9時に登校し、3時間1コマの講義を1日に1~3回受けていました。

この頃はじめてボーイフレンドができ、同じ予備校に通いモチベーションアップしました(笑)

なんとか就職が決まり、半年ほど時間ができたので、それまでやったことのなかった接客業をやってみようと、スーパーのレジのバイトをやっていました。

予備校でもそうですが、バイト先の同僚のみんな、お客さんなどいろいろな人がいて、面白かったなあ。

今でも私の青春は、いつか行けることを夢見て受けたドイツ語の早朝授業、試験勉強をした図書館、説明会や面接を受けた日々です。

中高生までは変人扱いだった私が、大学では優等生になれていました…(テストの点だけは)
興味があることに、自分のやり方で自由に取り組めていたので、毎日充実していました。
もうあの頃には戻れないけど、時々ふっと学生時代が懐かしくなります。

しかし、ストラテラも飲んでないのに朝毎日起きて、本当すごかったですよね。
(この頃から不眠はたまにあって、ドリエル飲んでた)

発達障害者でも、興味やモチベーションのコントロールできれば、結果をのこせるはずなんですよね、きっと!