そういえば最近、頭から離れない女の子が
いるんですよ。
僕が思うに、例えばあの娘は 

 「透明少女」

僕の高校生活もあと秋と冬が来れば終わって
しまう。
僕の高校生活といえば半分が教室、あとの
半分は保健室と屋上だ。
でも不思議と学校は休まなかった。

自分で言うのもなんだけど成績もそれから
運動神経も悪くない。
よく先生からは
「本気でやれば君はすごいと思うよ」
よく言われてたけど、なんだかそれが
気に入らなかった。
イジメにあってるわけでもなく、ましてや
学校や社会に不満を持ってて卒業式には教室の
窓を割ってやろうなんて考えた事もない。
何が気に入らないわけでもないが、よく独り になりたくなった。
そんな気分の時にみる学校の屋上から見える
景色は最高だった。
屋上で何か他にしているわけでもなく、ただ
ボンヤリとこの街の景色を眺めているだけ
だった。
そしてそれがたまらなく好きだった。

屋上は大きめの南京錠がかけてあった。
でも僕はクリップを針金状に伸ばして鍵穴に
突っ込んで開けて入る事が出来た。
鍵がかけてあったその屋上の扉には大小、
様々な大きさの何枚か紙が貼ってあった。
しかしその紙は随分とくたびれていて
何か書いていたんだろうけど、文字はかすれ
所々紙が破けたり、穴が開いてたりして
読めなくなっていた。
想像するに「入る時の注意事項」か何かが
書いてあるんだろうとそう思っていた。
そんな事はお構いなしに僕は鍵が空いた
錆びた重い鉄扉に体重をかけて扉を開いて
屋上に出た。
出た瞬間に夏の眩しい日差しが僕を照らした。そして目が慣れてくるとそこには爽快な青空がどこまでも広がって見えた。
僕は青空を眺めながらも適当な場所を探し、
近くの日陰に腰を下ろした。

そうだ。
僕が今屋上にいる事は誰も知らなかった。

青空をしばらく眺めたあとに、今度は学校の
裏山の青々とした緑に視線を移した。
そんな時あの娘は突然、僕の視界に現れた。
その子はとても不思議な子だった。
向こうの景色がその子の身体を通してみると、
少しボケた感じではあったが向こう側の景色が
透けて見えたのだ。
彼女の向こう側にあって見えないはずの屋上の柵や、校庭の木々のてっぺんがその子を通しても透けて見えているのだ。
そしてその子の身体は日の光が刺すと
キラキラと光り輝いてプリズムの様にとても
綺麗に見えた。
でも光で飛ぶことはなく、よくみると彼女の
顔の輪郭や大きな瞳や髪の毛もハッキリと
よく見えていた。
そう彼女はとても美しかった。

そう、僕が思うに例えばあの子は透明少女だ。

キラキラ輝く彼女が話しかけてきた。
「何してるの?」
「いや、特に何も、、、」
僕は相変わらず扉近くの日陰に腰を降ろした
ままそう答えた。

「ずっとみてたんだ、君のこと」
彼女は僕を見下ろしながら彼女が言った。

「僕、ぜんぜん気がつかなかった
君は天使か何かなの?」
と聞いてみた。

「天使?そうね、、、。
でも、どちらかというとその逆の方に近い
かもよ」
と言って悪戯っぽく微笑んだ。
そして彼女は
「久しぶりに誰かと喋れた、よかったわ」
と言った。
僕は他に聞くことがあるだろうと
思いながらも当たり障りのない
「君の方こそ、こんな屋上で何してるの?」
と聞いてみた。

「わたし?私も特に何もしていないの。
でも、そうね、、、あえて言うとすると
ここから連れ出してくれる人を探してるの」
彼女は不思議な事を言った。

「はぁ?」
僕はチンプンカンプンだった。

「私、ちょっと訳があってね
ここから1人では出られないんだ」

「そうなんだ、、、。
 それで僕はどうすればいいの?」
「え?連れ出してくれるの?」
と、一瞬彼女の声のトーンが上がった様な
気がした。
「あぁ、いいよ」僕は言った。
彼女は
「それじゃねぇ、君が入ってきた鉄扉を
開けっ放しにして、扉に貼ってある古い紙を
剥がして、破いてくれるだけでいいよ」
また不思議なお願いだなぁと僕は思った。
そして僕は
「ふーん」
と言ってしばらく僕考えた。
そして
「やっぱりやーめた」と言った。
彼女は少し動揺して
「なんで?どうして?やめないでよ!嘘つき!」
と僕に向かっていった。
僕は考えた事を彼女にぶつけた。
「君は幽霊だか妖怪だかその辺の類いなんだろ?
あの紙がほんとうはお札で君をココから
出さないようにしているのがわかったよ
どう、違う?」

「バレてたの?」
舌をちょっぴり出してどことなく楽しそうに
彼女は笑った。
もっと何か怖い事を言い出すんじゃないかと
思ってたけど少し拍子抜けした。
僕は改めて
「いいの?屋上から出かったんじゃないの?」
と聞いてみた。
すると彼女は
「いや、今となってはどうしてもって程でも
ないかもしれないわ」
少し彼女の顔が寂しそうに見えた。
そして続けてこんな事を僕に話してくれた。
「実はね、わたしもね、生きてた頃はたまに屋上でサボってたのよ」
「ふーん、同じだね」と、僕は答えた。
「同じなわけがないよ、、、、わたしんちは
貧乏でね、お父さんもお酒を飲んで暴れてて、
よくお母さんや私は殴られたり、蹴られたり」
可哀想な生い立ちだと思った。
そして一瞬間が空いたが意を決した様に
彼女が言った。

「でね、ある時ね、
       お母さんが自殺したのよ」

僕は返す言葉が見当たらなかった。
「でね、いつの間にか
いつもの様に屋上にいたの、、、。
色んなことを考えながら。
そしたら夏の晴れたいい日なのに、急に雨が
降ってね、、、お天気雨ってやつね。
雨粒が光ってきれいでね、遠くに虹もでてたの
私、思ったの、このまま夏の雨になって
キラキラ輝いていたいなぁって、、、
そしたら気持ちが軽くなって、あの辺りの
柵まで近づいて、それからひゅーーー
バタッってね。」

彼女は手の人差し指と中指を使って、人に
みたてて屋上から落ちる様な仕草をした。

僕は黙ったまま彼女の話を聞いてた。
「そしたらね、次に眼をさましたら本当に雨粒みたいな透明な身体になっててね」
と言いながら、自分の身体をマジマジと眺めながら続けて話した。
「それで何だかみんなに見せたくなって、
屋上にくる様になったの。
言いかえるとね、屋上に出る様になったのよぉ〜」
と笑いながら両手でお化けのポーズをして見せた。
「そしたら屋上に鍵かけられてお札まで貼られて閉じ込められたんだね」
僕は相槌を打った。
彼女は表情のない様な顔になって言った。
「そうそう。
だからね、ここから出ても何もないの。
帰るところも会いたい人もね、、、いないの」
「そうなんだね」
「ねぇねぇ、ところでまた来てくれる?」
いつの間にか無邪気な彼女に戻っていた。
「いいけど、今年で僕は卒業なんだよ」
彼女が寂しそうな顔を見せた。
「でも夜忍びこんで君にまた会いにくるよ」
「夜だとわたし、透明だから見えないよ 
フフフ」
「そうかぁー。
なんかいい方法かんがえとくよ」
僕は腕組みをしながら言った。
そして彼女は一つだけお願いをした。
「ねぇ、その時にさ、勉強教えてよ、
最後の1年分終わってないのよ
それだけが心残りだったの」
「わかったよ、任せといてよ!!」僕は応えた。
「ありがとう!
でも気持ちだけで充分よ、風邪ひかないように受験頑張って」
と言って彼女はすごく嬉しそうに笑っていた。
僕は彼女に手を振って別れた。
その後は真っ直ぐ教室に戻って、それから
二度と屋上へは足を踏み入れずに教室で
勉強した。

あれから何年か経った。
僕は再びあの学校の屋上に向かおう
としている。
僕は茶道部の顧問になったのだ。
茶道部が使う教室からだと屋上が1番近い。
最初の20分は教室にいたが、あとは生徒達に 
任せて教室を抜けた。
もともと茶道なんか興味もなく、ましてや
教える知識も全くない。
相変わらず屋上は閉まってたが、昔取った杵柄だ、迷うことなく、鍵を開け屋上に入った。
「来たよ」
と言って後ろ手で鉄扉を閉めてた。
久しぶりにみた彼女はとびっきりの笑顔で
笑っていた。
彼女は夕陽を浴びてキラキラ光って相変わらず綺麗だった。
「屋上に入れるいい方法って、この学校の先生になるってことだったの?フフフ」
「そうさ、いいアイデアだろ?
 さて、今日はなにから教えようかねー」
「ありがとう」彼女は一言しっかりと言った。

そして彼女の透明な頬を透明な水が流れた。

それから高校3年の1年分の勉強を放課後の
時間を使って教えたので3年程かかった。
全て終えた彼女は満足そうな笑顔を浮かべて
消えていこうとしていた。
透明だった彼女が更に透明になって消えていく。
それはすごく悲しい事だったけれど、
でもそれ以上に僕は嬉しかった。
その日僕は学校から帰ると段ボールから
昔の日記を引っ張り出して見ていた。
そして彼女にはじめて会った時のページを
見つけた。
こう書いてあった。

そういえば最近、頭から離れない女の子が
いるんですよ。

僕が思うに、例えばあの娘は「透明少女」

〜終わり〜

あとがき
このタイトルはナンバーガールという
グラムロックバンドの名曲「透明少女」から
来ている。
もちろん歌詞はこの話とは一切関係ないの
だが、この名曲の疾走感と、この作品の
主人公の青春の疾走感は似ていると思う。
ただただ真っ直ぐに、一直線にフルスピード
で。
ロックの日に久しぶりに本作を校正し、
この後書きをつけてみました。
何人のかたが本作を読んでくれるかわかり
ませんが、
ここまで読んでくれた方ありがとうございます。

ロックの日にて。