angoの世の中フラリフラリと -244ページ目

堂々としたチャカチャカ感

70億を超したそうだ
預金残高ならいいかも知れないが
人口だ

既に忘れただろうけど
温暖化の話で盛り上がる前段階に人口爆発と言うのがあった

人が増えてその連鎖で人類の危機を招くという筋書きだった
エネルギーの問題では色々と言われたが
もう有る筈の無い物で今もエネルギー需要を満たしている

単種の生き物が増えると言うのは連鎖を考えればいい事である筈もなく
70億人目を祝う話ではないと思うけれど

何だか目出度い

ユダヤと華僑とインドの中で
恐らく優秀なのはインドかなと思うので
インドの人口は気にはならないのだけれど
華僑がうるさい
ユダヤは面倒
日本はユダヤで育ったから
急に華僑に入れはしないだろうが

敗北の仲間と
羨望の仲間の話なので
どうせ喰われる訳だが

喰う事で大きくならない物への情報が少ない

70億人目出度いぞ的な番組がCMなし局であったが
コッソリさり気無くやっていたけれど
人口と流動と
異人種の混在と国際化みたいなの

ユーロの状況など絶対に日本で理解できる筈がなく
あれで状況が悪くなったという庶民がどれだけいるかなど見せる訳もなく

どうでもいいのだけれど
もう既に人口爆発は無く
目出度いと言う事になったらしい

そういう事も含めて
実は
世の中のすべての事に興味など持たず
身の回りに蚊が群がろうが
蜂に囲まれようが
刺されないのなら追い払う事もしない

それほどの真剣な無関心である事が良いのかも知れない
考え様によっては
政治家よりは
角っこの親父やオバハンが世を仕切るのであるから
滅多な事を言うべきではない


その仕事をさせない為に大臣に収まるのも居れば
国などがある事が不幸の始まりだと言う事を言いたいが故に国会議員になるのも居る中で

やはり大切な事は
自分に実害は有るか??

そんな事だろうから
なにがどうなったって
どこも困らないのでしょう

何かをどうにかする立場になると
それはそれなりに良い事ありだ
自分には・・・・・

良し悪しの前に損得を感知するのである



知りたくないの

掘ったら出て来た
どけたら減った

他にもポツポツあるらしい
調べるらしい
掘ったら出て来るのかな

何故掘ると出て来ると言う事に言及しないのだ

おっと
今時 何故などと言う事を考える様では暮らせない

め くち 

目には表情は無く
宙を見るようで
ところが泳ぐ様な事が無い様に神経が張り詰め

その口は発言に見合った動きをするでもなく
淡々と語り


何かに怯えているなと感じる

そりゃそうだろう
一般的には誤魔化せても
自分は誤魔化せない
自分を操る者には逆らえない

政調会長である



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




のかぁ

どうせそういう事なら
素頓狂がいいですな

何が為されるべきかなどを考えるよりは
自分がどう居たいのかを思えば
今の遣り方でいいのでしょ

自分の年齢と比例していい加減さが増してきます

まあ あれです
銭金に対する欲の深さが死ななそうな感じと
妙な迫力を放つのがどこかで尊敬されているようですが
あんなの崇めてアンタは得するのかい
と思いますな・・・

ヒーロー物で育った国民は多く愚か者です
無暗にバカが多い


政治を遣るからとっても凄い 

今日は何とかの日
何とかは
よ~く探さなければ

最近は意識して否定されている


だった 

RED ALERT! Fukushima meltdown! Cesium-137,Iodine-131,Xenon-133,Xenon GAS, Zardoz NOT being reported.

タイから

タイの日系企業の工場のダメージを埋めるために異例の早業で単純労働者受け入れ準備
タイがダメなので日本にタイの人が来て作って・・・・・・か

6か月経って
その内どれだけが・・・・
と言う事も考えてみたり

そういう話が無いと考える方が変


タイよりも近いところに日系企業の・・・・
と言うのは周知の事実

確かに規模は違うけれど
これほどでもない洪水は年中行事

これで日系の企業が助かるぞと言うキャチはいいと思うけど

特例は今回だけで
この次には前例との比較で意図も容易くニーハオ

と言う事も考えてみたり

そういう話が無いと考える方が変

いいのに

みごとに簡単だけども

人の多くは
なんでそういう事になったのか解からないままに
生きている為の費用を払うものだと思っているようだけれど

広くよく見ると生きる事の費用に窮しているのではない人と言うのは幾らでもいるのだよ

これは実は面白い話で
これをどう笑うのか
笑おうとすることを笑うのか


たとえば

死を回避する費用は
生きると同等の価値があるのかどうか・・・・

同じならば生きると言うのは死なないと同じの程度の話になってしまう

死なないと生きるを区別するために生きている事に余分な装飾を欲しがれば
生きるは死よりも回避したくもなる



ふ~ん 

ダメなんだそうだ
ばれちゃうらしい

変えろと言う

変えたさ

変えたのでは入れない

変える前のなら問題なし


なぜ変えなさいねと言ってくれたのかわからない


文句は言わないよ
ナンデナノとは思うけど


赤い文字が気になる


それだけ


区別とか括りとか

釣りならば
コマーシャルとスポーツそう分類される

コマーシャルは勿論プロ
海の男だったりの漁師で

スポーツになると何故か釣ったのを逃がすと思っているようだけど
漁師じゃないから売らないだけで
リリースの必要などないのです
喰わないのならわざわざ虐める事もないし
釣りなんかしない方が良い

ルアーやフライで遊ぶと
机の上でも釣りが出来る
お楽しみの釣りがコマーシャルの真剣さと大きな違いだろう

プロとアマチュア
そう区別する事が良くあるけれど
意識と定義と状況と
にて異なる種族の多い世界では
世の中に見えない分類があるもので

勝手にして居たい者の内
その勝手で食える人の数は
洋物の場合30人は居らず
和物でも200人も居ないのである
アートと言う括りの大雑把さが良いとは思えないのです