angoの世の中フラリフラリと -17ページ目

死刑に関して

表題がこういうことだから
きちんとする訳は無いけれど

死刑と言うのに真っ向から反対する気持ちが無いのです

たぶん
ドイツの首切り役人をよんでから落ち着いたのだと思うけれど
その昔は
悪者なら死刑でいい
そんな単純でしたが

執行官の側から記録した其の仕事には
そんな単純なさっぱりではいけないものがある


なので
死刑と聞くと何処でも反対するような気になれないのです

魔女裁判など
死んで無罪か生きて有罪で死刑か
の選択でしかなく
要するに何かの恐怖をさらう為の犠牲だった
勿論法律もあったが
それは其の侭宗教だった

だから
ただいま現在の法律が宗教ではないと言う確証が無い

6月の26か28日に
日本で死刑があったようだ
これに対する声明というのが
欧州連合から出ている
ジュネーブからである

其の死刑の事は知らないけれど
其の生命をよんで何だかおかしいなと感じた



多分関係ないかもしれないけど

日本人の生死観は
自然死
災害も含めた自然の力による死は
総じて受け入れやすく
逆に人為的動機による死を嫌う傾向にある
と分析できる統計がある


もし
死に対する感覚がそうなら
本来
日本では死刑制度が有効なはずであろうに

死刑では人が死ぬけれど
そこで死ぬ人は
自分がそうなる前に
他の人を殺していなければいけない


まさか今時放火で死刑
なんていうのはそうざらには無いかも知れない

放火と言う殺意が
死刑に直結出来て居たころの
恐れを忘れたのはいつかという話です


死刑の廃止は
長期的な将来の中で確実に社会の荒廃と危険とに結びつくと考えたいほうです

タイで知り合った普通の人ですが
殺人罪で16年刑務所にいました
と言う人が独りだけいる
其の時間の中ですっかり反省したのかも知れませんが
普通の人に見えます

だから
人は更正出来ると言い切れますか

こいつは珍しいと思ったので
初対面でもないし
あ~そうなの
16年は長かったでしょ
何人殺したの?
とっさに聞きました

一人だよ
沢山なんて・・・・・

そう

其の後は普通の会話です


この国の人は
7回生れ変わります
そして誰もが今が最初だと思っています


タイの死刑は
姿勢よく固定された受刑者の後頭部から銃弾を打ち込みます
椅子背は頭より高いので
頭の高さのところに丸い穴があって
そこに拳銃を突っ込んで引鉄をひきます

日本の様に誰が死に至らしめたのか判らない様な仕掛け無し
放送コードに引っ掛からない頃の筈だけれど
一度だけ電波で見た様な気がする

しばらく前から
ニュース画像や写真の死体や人体の破片にモザイクを掛けるようになった


切望する訳ではないけれど
人類が生息している限り
死刑は無くならない

無くそうと言う力が地球を覆うことも無い
地球上の人類総てが
神を捨てる筈が無い
死に対する恐怖を忘れる筈もない

特定の神に仕える事はご勘弁願っても
神の存在は否定し得ないのですね

無礼な表現かもしれないけれど
神を創り上げた民族の意識や価値観を拡大しようとするから面倒な話になる


こじんまり
リッチに行けないものかネぇ













今日はいい感じで酔っ払った気分









サイゴンスナップ

サイゴンのスナップ写真を忘れていた

もっとあるけど
ベトナム戦争記念館と
其のすぐそばの一枚

サイゴンにあっても
当然に視点はハノイだから
こっちからだと変な感じ





意思に反して の事

女の子は
貧乏にとって将来の資本として育てる事もあるから

ある時に売られるが
売って下さいと其の子が言ったかどうかは疑問だろう

即ちこれが意思に反して
であろう

朝鮮統治の組織は
かなりの上層以外は
朝鮮人で構成した社会統治が浸透していた

殺された伊藤博文の考えが正しいかどうかは兎も角
殺される前にこう言っているのである

君 朝鮮人は中々のものだよ
自分達だけでもちゃんと国の経営はできるよ

伊藤博文は甘かったのである
朝鮮人の貧困に育った残虐さを知らなかった


慰安婦を従軍に仕立てたのはつい最近の事だが
この当てにならない証言には主語が消えている場合が殆どだ
意思に反した境遇を強制したのは誰だったか
と言うのは元々曖昧に消えていた

これらの証言に主語を与えたのが河野談話だから
河野談話以後の話は既に大河小説


ところで
まず娘婿と組んで従軍慰安婦第一号の名誉に輝いた
朝日新聞の記者の義母は
最終学歴がキーセン学校3年制を途中退学も無く卒業している
卒業後は楽器を弾ける売春婦として活躍出来るための知識を積む教育機関だ

これを卒業していないのはただ売春するだけなので稼ぎに差がある


国のシステムの中では
もの同様の扱いをされて普通の朝鮮人の女が
地位のある男を相手に豪勢に暮らす為の登竜門の出身だ

それでもまさか
国務大臣クラスの収入は得られなかっただろう

売春は今でこそよく無い事のように思われているが
クレオパトラの様な高級娼婦は歴史を変えたのである

この朝日の記者の義母は
親にキーセンとして売られた
と証言した事がある
これは後に消えたのかもしれないが
事実は細々と伝えられる事がある
元々売春婦だったのだから
より高給を求めるのは常識だ
普通の仕事である


当時売ってもいい商品的な価値があるかないかで
親が決め
普通に売られただけの事である


何処にも事件性は無い
当時の朝鮮半島子供の人権など無い
あったのは貧困と習慣であろう

昭和の後期まで物々交換の売春もあった国の話だ

一体何処の国の誰が
子供を売る頃の自分達の国の状況を振り返って
他の国から賠償をとろうという発想が出てくるだろう

韓国は余分な事に
最近になって売春を取り締まる事にしてしまった
行き場の無い売春婦は海外出張だ

高給売春婦は公務で活躍しているだろうが
庶民の娯楽程度の活躍しか期待できないのはどうすればいいのだ

国を支えてきた売春婦たちを邪険に扱うものではない
意思のある者から仕事を奪い取ることは
意思に反した生活を強いると言うことだ

GDPの数%を捨てる決定をした国の失敗だ
愚かだ





危険な話 

拉致問題解決に向けた再調査

再調査の必要は無いだろうと思う
北はきちんと把握しているはずだから
其の情報の何処までを流し交渉するかと言うのが実情だろう

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

おまけが出て来た
日本人妻調査
不要である
意思で渡った者を在留邦人という言い方をするのなら
世界中に居るのです

そして
その日本人妻の帰国も視野に入れているそうな
何しているんだ?
家族も含め1万人
拉致でもなく意思で行った者の帰国?
其の家族?

ふざけた話だ

そもそも拉致された人も含め
しっかりと教育されているのである

帰ってきた!よかったねも大概にして貰いたい
日本には北朝鮮での教育を捨てさせ
日本人として社会を理解する為の再教育機関があるとでも思っているのだろうか
再教育と言うのは人間を変える洗脳だ
あるのか?


日本人妻と其の家族には使命が課せられているかも知れないと疑う常識が日本社会にあるだろうか

拉致被害者の救出と言うのには日本での再教育が必要だし
ましてや
意思で渡ったものは何らの被害も受けていない
これと付随した家族共々1万人の帰国後の動向を監視できる機関や環境があるだろうか

日本人が日本に帰って来るなどと能天気な見方の報道には感化されない方がいい

北は機関として人を送る算段をしているだろう



そんな事より強制的にそこに済まされていると主張している在日外国人たちも
開放してあげてはどうだ
特別永住外国人としての指定は
彼らにとっては拉致され住まわされている現状の打開の為に
最も解除されるべき指定だろう

日本も人道的に考えて
ドンドン返してあげるべきだろう

きっと其の戻った先では歓迎されるでしょう


拉致で交渉する最中に北は別の事を工作中と見るのが妥当


よかったよかった
そんな話はこういう場面には無い
日本人妻と言う不思議なよばれ方をする人達は
1960年代の自らの意思で行ったのだ



日朝交渉が北京でという事にも何も感じないのでしょうか
既に日本は交渉で負けたと思う


改めて報道が当てにならないと認識できた
常識の範疇なはずだが
日本の報道には危険がいっぱいだ



永住外国人の扱い見直しへ

この永住外国人という日本語の意味が   
ずっと以前から日本語としては変な了解のされ方をして来たために
ケチなことを言うようだが日本は随分のことを無駄にした

最近での無駄は民主党による3年間という時間だろう


本題
永住権・・・・住んでいたかったらずっと住んでいても良ござんす

外国人・・・・日本人ではありません

外国人という立場でずっと住んでいてもいいです
それだけの意味である

外国人なので
公共施設に入れないとか交通機関を使わせないとか
そういう事を言っているわけではないので
総じて人として扱われているのです

外国人と自国の国民の生活がイコールで保証されている国は世界中何処にもない
特にこれで権利を主張することに情熱を使っている人達の国では
国民さえ日本に外国人として住むよりも条件が良くない事もある

外国に住むというのは
外人でいますというのは
其の国の人には成りませんという意識がなければ出来ない事だ

勿論税金は払う
国民と同等に払う
下手をすると公共施設の入場料が外国人は高い事も普通にある

参拝料などを取る
フザケタ寺などで
外国人は参拝料2000円です
そんなものを日本で見るでしょうかね?

私の経験ではそういうのがあっても不思議には思わないが
おそらく日本ではそうは言えまい
国民と外国人の区別がないのである

税金を収め其の国の国民より多く出費しても
其の見返りなどある筈もなく
また必要ともしないので
外人でいたいと希望しているはずである
外国人で居ることの意味は損得ではない


今回の見直しというのは生活保護の問題らしいが

外国人の生活を見る必要は何処にもない
それが世界の標準であるかと思う

永住資格があっても
その資格を維持するだけの能力がなければ
普通はそれを取り消し
送り返すのだろう

そうでなければ貧民生活をしてもらう
外国からの貧民層の住む地域は
犯罪多発に備えて警察が見まわるだろう
それで普通なのだ

日本でいう永住外国人というのは
永久保護を約策された外国人と勘違いしていないのか?





これからビールを飲みに出かけなければいけない
忙しいのである

さほど酔うことが無いようなら
続きを書くかもしれないけど

飲むんだから覚えているかどうかの保証もない



した方がいいんじゃないの公平な電波法の改正

基本になる筋書きは何処も同じです

ただ
それをどちら側から見ている景色を演出するか
です



それぞれの細かな事柄などはどうでもよく


細かな事は
今誰でも知っている事柄総てでしょうけど


各事項に含まれた物は
共通のインチキに基づいている



もう既に多くの支持を受けたものは悪であると言う様な事を平気で遣り取りしている


最後の砦の自民党の侵食具合
でしょうけど


あたかも
いくつかの考えのある希望を持った政治集団複数あるかのように見える


内政に関する真面目ぶった番組があるようなら
最も危ないバラエティー番組だという事を
知らずに見ると危ないだろう



どう考えても多くの野党は
ひとつでしかなく
複数ではない



野次事件は
総てがお芝居
犯人役は其の前に
尖閣で強行上陸と言うパフォーマンスを演じている

ヨクヨク見たが
特徴あり過ぎ


筋書きに早急な部分がある







今夜の中継

少し前に紹介したパンダが
少し馴れて来た


牛肉の細切りを天日に晒して次の日に
炭で炙ったり
油で揚げてつまみにする物や
鶏の骨ごとブツに切って
塩かニンニクで揚げたものや


偶然にそこに居たのと目があって
相手がパンダだと知った時の写真で紹介したのです



牛肉の天日干しの揚げたのを
手から直接貰いに来るようになりました


端っこを咥えるので
手を気にしているようです


今日の夕方
パンダが居ませんでした


隣の隣が
中古車販売とレンタカー屋で
売れない分貸そうと苦労しているようです

そこの親父のピックアップが
パンダの知りあいの足を轢いた

轍ギリギリに横たわったので
其の侭
全部惹かれるのかと思った

助手席から出て来た親父が
痛がる知り合いに
蹴りを入れた

起たなくてはいけないのである

三本足で痛がっているわき腹を
更に蹴った
脇腹は犬の急所である

声を立てて折れた足を跳ね上げるようにぶら下げて
脇腹を怖がりながら逃げるのを

何処までも追い駆けるピンクのポロシャツデブに


正当化できる殺意を感じた

三色ごろり

中国の大衆のためであり、連想し過ぎる必要はない

なら安心だ




国民の目の高さに合った新しい首相候補1人推薦する能力がない無能な政権だ  
彼の国の首相は殆ど何の力も無い
大統領の全権掌握に近いと聞いたが・・・・
彼の国の話題では首相など登場していないんじゃないか?
人気が無いのはそうかも知れないけれど
代が変わって何かが変わるわけではない

マスコミの前煽りの様なのが気になる



もう少し色濃く個性を発言する様になって
4色くらいになれば

見ている方も解りやすい
小さなものの分裂合体の繰り返しは

創らせない為の力だろうと思う






                                                                          
   














記事の作文 作文の記事

小学生みたいな文書を作るな

作文の実力がどの位だったのかは知らせてくれない新聞社の記事の
怖さは

一人が自殺したことではないな・・・・・
凄いな



R15指定

コメントには憚るので

実際のところ
今世紀に入るまでは
商品や道具としての認識が合法であって
それをよしたのが早いとかおそいとか

そういう事ではなく


そういう時期があったと言う歴史を消そうとするから
こういう事なのだから
これを真正面で考えると
まるで
河野氏と同じ事をしているようです


外交と言うのには
相手を気遣った方がただの阿呆です


ずっと続いているのは
あまりの悲しさの表現に笑ってしまうほどの
咽び泣く演歌です

世にいう演歌と言うやつは
そもそも日本の音楽ではないし

この先ずっと
戦後演歌に涙しても仕方がないのです



唄っている事は作詞されている内容です



どうにかしたいと思っているのは既に歴史です
叶う訳がありません

気の毒だと思う余裕があるなら
特定の過去では無く長い歴史と只今現在の状態でしょう

治る事はありません