angoの世の中フラリフラリと -166ページ目

少年探偵団的

秘密結社
原始密儀宗教から
中世の結社
アジアの結社
その儀式の意味も色々だ

誰でも知っているフリーメイソン
日本のロッジは
東京タワーの根元辺り
神谷町の辺りにある
日本の政治家も複数加入しているけれど
メイソン自体には政治的スタンスはない
綱領はない団体だ
今の政権政党と同じ

自由平等博愛
フランス革命を思い出すけれど
これは
フリーメイソンの思想で
其の侭
国の合言葉と国旗になった

メンバーであるハトポッポがこれを
友愛と言い換えてもマッタク問題はない
秘密結社に加盟する人の無邪気な感覚が政治家になると
時におかしな事になる

世界中の政治家も何らかの結社に属している場合が間々ある
むしろその方が多いのかも知れない
だとしても
彼がメイソンの中でどんな心境の人間として生きているのかを判断しなくてはいけない
秘密結社が宗教とどれほど違うかと言えば
その違いなど微々たるものだろう

少年探偵団で政治を見て遊ぶと
時々面白い事に気が付く

フリーメイソンは別に黒い結社ではない
現代では無邪気な方ではないかと思う
もっと昔は重要な事をしてきたし
化学の発展にも寄与したと思うが
近代になってからは
存在もロッジも秘密めいても居ない普通の団体で・・・
メンバーはそれぞれ小さなサークルを作り交流し
そういう事らしい


そんな感じがする





・・・・だそだ 悲観的な予言

今日
参院で首相に対する緊急質問だそうだ

あまり意味が無い様に思う
元々蛙の面に何とかなのだ

あれだけ平気な人というのは近くに居て欲しくない

特にこの人にこだわるまでもなく
この政党は大臣経験者の製造機みたいなもので
任命責任などと言う別次元の質問に何かを感じるとも思えない
問責なども同じことだろう

つまり
その政府の中身を国民の為に整える機能が政党に備わっていないという事だ

したい事を平気でしてるに過ぎない

マッタクなんのダメージも与えない事だろう
マスコミは国会の停滞を非難するだろう
反対するものが悪いと言い出すような気もする

マスコミの流す意見には明確なスタンスがないから
どこが何を言いたいのかわかりやしない
状況を伝えている様に見えてしまう事も害だが

鵜呑みに出来る神経も害だ

平気の平左と言うのが世の中で一番始末に悪い

・・・・・・・・・・・・・・・

別にこの政権に限った話ではない
政治家一般が割かし平気なのでしょう

兎にも角にも今選挙だけはしたくない
国民の為国の為であるより自分の属する政党の存続の為に
重大な判断を首相ごときが出来るはずも無い
今の場合
政党の長と総裁とは別だから
長の判断が総裁を動かし政治を動かしているから


全然大丈夫の平気の平左で短い国会を無駄にするだろう






ごろり


荷物もテントもほったらかして歩いて一日過ごした
夜中たどり着いたテントの周りの砂は箒で掃いた様に滑らかにならされていて
自転車が倒れ
テントの隙間から入った砂は
寝袋の上に積もっていた
ほう
海岸はこんなに吹いていたのかと思いながら
自転車を立て
テントの形を整え
砂は気にせず




私のプリニウス

1986年
澁澤龍彦
「私のプリニウス」

この本は
ローマの博物学者だったプリニウスの「博物誌」から
澁澤龍彦が気紛れに抜粋し
自分の言葉ややや解説めいた文章を挟んだものだ

先ずは通して読んでみる
あっという間の200ページほどで
この人の本は勝ったその日に読み終わってしまうのが当たり前なので
これもそういった本なのです

通して読んだら
こんどはプリニウスの書いたものの
ラテン語を英訳またはフランス語訳を澁澤が日本語訳にした部分だけを読んでみる
こうすると不思議な事に
澁澤龍彦がプリニウスを遊んだそういう気持ちがじかに伝わってくる

プリニウスは紀元一世紀のローマの人だから
世界は小さく
世界の不思議は余りにも多く
先駆アリストテレスやその他多くの作家の引用と
持ち前の想像力と悪乗りとめっきりペシミスティックな性格とで
今にしてみるとかなりいい加減な知識を
全37巻にまとめているのだ

古代人の自然に対する感情がそのまま生き生きと表現された記録だと思えばそれまでの事だけれど

仮にもプリニウスはローマの高級官士であり
当時の庶民皇帝までも知りえない不思議についてこれを書き編纂し残したので大真面目なのです

勿論神話の動物も現存するし
一つ目族や首の無い種族や一本足の種族や
子を産む石や鉄に足を与える不思議な石や
あらゆる動物の体の部分がひとつに纏まった怪物や畸形などが出てくる

きっちりと説明してしまう
見てきたが
などと言ってしまう

こういう感覚は
当時立派な大人の感覚だっただろうし
それで社会は驚き恐怖し
または夢を膨らませたのかもしれない

今ではそんな事を言っていいのは
精々幼稚園児くらいなもので
いずれそういう事は言えなくなってしまうのです
見えない相手と話をするのは
子供の特権になってしまった

それだってややもすれば
事もあろう事か親に否定などされて仕舞いかねない現代である

こう言ってしまうとプリニウスに叱られるだろうけれど
彼の引用癖とその話に付けられた尾鰭は
今十分に楽しめる内容だと思うが
今現代語で読めるのは
フランス語訳と英語訳のみ
何故かこの本を邦語には訳そうとした人が居ない
役には立たない博物学も
視点を変えるならば
実に役立つのに

ほんの僅かの邦語訳でそれ以上をしなかった澁澤龍彦に気持ちも解らないでは
ないけれど
何しろ膨大な量の法螺話を立派に訳すのは大変だろう
澁澤訳を引用するとこんな感じだ

第十一巻 昆虫と体の各部分七十七章
幸運な奇跡によって、ウォラテッラのカエキテは、
犠牲に捧げた獣の内臓から何匹かのドラゴンが飛び出してきたのを見たと言う。
ピュロス王が死んだ日に、犠牲の獣の切り離された首が這い回って、自分達の流した血を舐めたという故事を認めるのならば、この事も明らかに信じがたいことではない。
胸腔の内臓は人間においては、プラエコルディアと呼ばれる一枚の膜によって、
その下にある内蔵から隔てられている。
心臓の前面に広がっているのでプラエ(前)コルディア(心臓)と呼ばれるのであり、ギリシャ人はこれをプレネスと称した。
先見の明ある自然は、すべて大事な内臓を外皮で包むように、特殊な膜の内部に包み込んだのである。
横隔膜の場合は、更に特別な理由がある。
ここは腹に近く、食べた食物によって圧迫される危険があるからだ。
横隔膜には鋭い反応があるといわれている。
横隔膜に肉が無く、筋張って薄いのは、そのためである。
また、この膜は陽気な気分の中枢でもあって、その上にある腋の部分をくすぐってみれば、その効果はすぐ現れる。
人間の皮膚の内で、ここ以上に敏感な場所はなく、くすぐったさが一番感じられるの場所が、ここなのである。
戦場や剣闘士の闘技場で、横隔膜に傷を受けてた人が笑いながら死んでゆくのは、そのためにほかならない。

どこかまでは信用できるようで
いつの間にか怪しくなって
ついにはデマが混ざるのでした
腋のくすぐったさを強調したいがゆえに付け加えられた剣闘士の笑いながらの死は独創的でも有るようだし
実際に拳闘場に行けばすぐにばれてしまう根拠のないような話にも思えるけれど

今大事なのはそういう事ではなく
人が驚くべきものが少なくなってしまった事に何かつまらないものを感じるのでした
今のエぇ~~~は
ナンセンスなエぇ~~でしかないような気がする
正解を知っていなければ驚く事も出来そうにない

以前の私を知っている人は
私が実しやかに珍説を語り
中にはそれを信じ実践する人が居た事を知っていると思う
そういう頃は良かった
一例を挙げるなら
ある男は冷蔵庫に牛乳を詰め込み
バナナを買い込み
それだけで生きるという
完全食による生活に入り

またある女の子は
私の言うそれを信じキツキツパンパンのジーンズが痩身に効くというのを実践し
ジーパンはバナナを訪れ
どうもバナナ牛乳生活はおかしいと気付き
ジーパンは自分が細くなる前に生地が伸びると気付き
結果
どちらも実践を放棄してしまったけれど
後に
バナナはジーパンと結婚するに至ったのである

めでたしめでたし





No Me So


脳みそである
人の人生に目的は無いという話は以前から変わらないけれど
脳味噌の進歩というのが個人の一生の中で進む

吸い取る時期吐き出す時期
選択する時期
固定される時期

吸い取る時期は
ハイティーンに始まって20代後半まで進む
吐き出すのはその後10年程で
吸い取った物で生きる事はかなり難しい
打ちのめされる10年

吸い取った物の内自分に有効な物の選択がその後の10年でされる
つまり
30代に打ちのめされる事を選択の間違いだと思い込み方向を変えるのは些か早急に過ぎる
しっかり苦しめ
そういう時期かもしれない

20代の吸い込む時期に吸い込むべきものを厳選してもいけない
限定されてもいけない
都度の興味の赴くまま何でも我武者羅でいい
ストックである
いい加減に見えてもかまわないが真剣にトコトン突っ込みながら何にでも手を出す
何にでも興味を拡散させて言いという事だ

この時期の過ちはその後に面倒な事を誘発する
一本気は乗換えが利かない

そうせざるを得ない状況もある意味の不幸だろう
もちろん私は修行の末に習得できる職業と言うのを除外して話をしているので
一本気でなければ成立しない世界を否定しているのではないのです

その前提で
選択肢の少ない人生ではつまらない

十代でその後の設計など押し付けられて成功する可能性は望めない
おかしな事はしない方がいいのである
自発が元であるなら多分それで良いだろうと思うけれど
いずれにしても20代後半30近くまでの生活は何やら真剣にチャランポランニ見えながら抽斗に詰め込む種類が多いほどいい
何もかもは繋がっている筈だから

自発的な集中と
状況に流された集中と
後者は後にダメージを伴う結果で現れるのではないか
それにふと気が付いた

私事だが
20代はあの狂ったバブル景気である
軽い気持ち出始めたデザインに
嫌と言うほど仕事の依頼はあったが
実はあの仕事は嫌いだった
断るのが仕事だというほどの依頼の中で断りきれない医師の弱さで続けていた様なものだ

結果その仕事に範疇での生活を40になるまで引き摺ってしまったのだ

デザインというのは
格好が良ければ良いという話でも
何でも無い
一番に考えるのは機能
機能を満たさない綺麗さなどと言うのはマッタクのゴミでしかない

古い建築の装飾もその時代の精神社会に機能した結果残っているのだから

私の本来の希望は
マッタク役に立たないものへの没頭
役に立たないものをドンドンと造り描く事だった筈で
その間逆の時間が実に長く続きすぎたけれど
その機能的な仕事をしている最中は
デザイナーと言うよりはもっと粗野な感じの状態だったし
頭の中に仕事が詰まっていても必ずどこかで役になど立たないものを描いていた
頭の中で・・

確かにそれで飯を食っているから
その役立たずを思う事が出来たのだけれど
だからと言って
食う事を目的にするのはあまりにも能が無い
いつどう死ぬか解らない中で
まるで今が今後も続くかのようには考えられなかったわけだ

それで今度は
そういう役に立つような仕事を絶ち
テレピンの充満した部屋に籠ると
ただ絵を描いているだけなのに
肩書きを付けられた
最初の個展はオーストラリアの知り合いが企画して場所も設定し
すべて整った後知らされたものだった
その日からアーチストと呼ばれる様になったけれど
そんな呼び方をされて喜ぶ義理も無いのであるから
実に居心地が悪くなったのでした

描いたものなど
見た人それぞれがどう感じても良い訳で
それにメッセージなど付けてしまえば
たちまちそこに機能が生まれる

それでも何か書くといいというから

キャンバスの裏に長い詩を書いたりした事もあったけれど
散々苦労して英訳しようとも
意味など通じないのである
日本語で通じないもの
英語にはならないんじゃないかと思った

頭の中を具現化出来るはずなど無く
だからちゃんと役に立たないものが出来るのだと
ただそれが言いたかったけれど
見る側読む側が
それこそ想像力のある柔軟な脳みそを持っているなら
見たものからそれぞれ勝手に別の世界を想像しただろうとは思うし
それは
その人にしか役に立たない世界であろうし
良かったんじゃないか

最近やけに世の中の役に立ちたいと言う若者が居るようだけれど
役にたつ事をこなすと言う事ほど簡単な生き延びる方法は無い
また大変な事は無い
実に安易で実に困難な話なのだ

回り道をしたけれど
脳味噌だ
幼年期を過ぎて
十代の終わりの頃から30になるまでの時間
自由に無益に過ごせばいいと私は思う
飛び回り歩き回り世界を広めておいて
蓄財などせず

30代はどうせ苦難の10年だろうから
じたばたしたいのならばもっと世界に出て違うものを見て知り合って
考えても見て
どうせ答えなど見つかる訳ではない
脳味噌の中に詰め込んだものを消化すればそれでいいではないか
消化不良は40代で解消すればいい
その頃にはぺらっとした感じが無くなって
厚みになっているかも知れない

その辺りで30代のグズグズと40代の勢いで人は成功したり形になったりの輪郭が出来るようだ
いよいよ50代になると
徐々に入らぬ物を排除し始め
ついに56歳の脳は
ある人は頑固の始まり
ある人は碩学
ある人は・・・・
またある人は・・・
と言う風に
それまでの過去において自分が生きるに必要だった術を基準に価値観を硬化させる

その後はまた
時間を外から見る事が出来る様になる人は
いい感じの年寄りに成長し

最終的には
事故や死病ではない限り
脳の中の大量のドーパミンで夢心地で死にいたる
これを大往生と表現する



ここまで書いて来たように見えるのだけれど
実は殆どが聞きかじりの敷き写しだ
自分の事意外はすべて聞きかじりなのです

脳はその襞を広げ伸ばしたら途轍もない面積になるだろうし
そこに張り巡らされ殆ど機能していない回路を一本に繋いだら
これまた大変な長さになるだろうし
どの程度が途轍もなくどれ位が大変かはどうでも良い
何かの本に書いてあるでしょう

年代別に脳味噌の機能を解説するならこういう説がある
そして
これらにマッタク当てはまらない進歩の仕方もある

聞いてきた事どこかで読んだ物を引用し尤もらしく装飾演出し
散々書き立てた後に
そうではあるがそうでもない事も有ると平気で締め括った
紀元1世紀のローマの高等仕官で博物学者、文筆家で大法螺吹きで無邪気な夢想家の
プリニウスと戯れる澁澤龍彦の「私のプリニウス」を読みながら
どこかで脳味噌に話を聞きかじっただけの事であるのでした




最後の決めは     吉田拓郎

・・・・を希望します 

繰り返しの毎日が慣れっこになってしまい

そうなってしまう事が相手に有利に作用する
荒立てるべき状況を呼び込み荒立てる姿勢の無いその態度にも慣れてしまって
その態度を大人の態度だと

そもそも大人の態度で始まった事柄ではないことを忘れているのではないのかな

こうして繰り返している事が日常になるという事が
自分たちにとって何か判る時

誰と誰が喜ぶのだ?

とぼけた社会は別に大人っぽい訳でもない
十分に大人ならばこんな政府はその国には無い

この国には無いはず
システムの悪用

普通の発想で領土問題を書き記すとこうなる
領土問題は情緒では解決しない

歴史の中でひとつの場所が呼び名を変える事は珍しいとは思わないが
その切っ掛けは何であるかは
紀元前から変化は無いという事でしょう  

この問題
危険はあるだろうけれど
静観はもっと危険だ

等と言えば危険視される環境が危険なのだけど
トコトン平和に呆けていたいと言う事なのかもしれない

呆け始めると不安は感じない



領土問題に「希望的観測」は通用しない



Wasarn Sitthikate

ワッサン
おそらくタイに居た期間で一番行き来があった絵描きの一人だと思う
徹底した社会派ではあるけれど

かつては版画・風景画・宗教画
そういうジャンルで相当いい線行っていた

いつからか社会派に転じ
ブッシュを相手にその任期の間中非難し
NYでベストアジアアーチストになったり

いよいよアメリカが本格的に来るぞ
と言う直前にフセインに招待されて現地の様子を描いたり

確か
その展覧会の開場の日
アメリカは激しく空爆した
タイに帰国後一週間で画廊を埋めた絵の前で反米演説したのでした

中東から中国北朝鮮などに入っては
なにやら集めているアメリカ人との接触もこの彼が居なければとても私の範疇の出会いにはならなかったでしょう

日本ではこういう人の絵は珍重される筈も無いけれど何度か日本にも着ている筈だ

禁酒の宣言をしただけで新聞を賑わせたのは彼である

本も書く
サドについて書きたいというので
サドの研究家の本や
サドの手紙などの内容を詳しく話した事があったけれど

なんだか拍子抜けしたらしく書くのを止めてしまった

もっとドロドロの話か何かと勘違いしていたらしい

普通の公爵がキリスト教を敵に回しただけなのかとがっかりしているのが可笑しかった
タイにサド関係の本などある筈が無いのです

こんなに沢山Youtubeに画像は無かったけれど
最近はFaceBookも超満員ですでにお友達を増やせないらしい
定員があるのか?

この
ナコンサワンのアーチストレジデンス
バンコックのアトリエ
殆どの時間をあちこちでの活動に使うので
あちこちに奥さんらしい人も居るので
どこの街に居るのかどこの国に居るのか
良く解らない

戻る前もどこかに消えていたので
この映像で随分久しぶり

私のひとつ年下である
超人的に元気な人だ





まだまだ吉田拓郎





人生は思い通り