百鬼園先生 | angoの世の中フラリフラリと

百鬼園先生

今年最後の本屋だなと思ってふらりと入った本屋で
珍しい事に百鬼園先生を見つけた
普通の本屋で内田と来ると
とんでもないのが沢山あるだけで
内田百閒というのがあまり無い

この人の随筆は
どんなに分厚くてもあっという間に読んでしまうから
厚みで選ぶ
ナニが書いてあろうと百閒先生はとんでもなく変に面白い

そこにあったのの内
御馳走帖
というのにした

読んでいても何故か
阿呆列車を読んでいた頃の記憶がよみがえってしまう
それで二日ほど醗酵させて
本から遠ざかった

そういえば昔居たあの辺りには
まだ乗った事の無い鉄道が通っていた筈だ
小学校の終わりの頃にはそう言う噂が地元に流れ
その鉄道が出来たのはそのずっと後だったけれど
出来た後
全く興味がなかったから出来たのが随分と昔の事になって
それでも何処から何処まであるのか知らなかったので乗りに行った

何も全線乗る必要など無いのである
途中の辺りをちょっと乗ると
昔遊んだ辺りを貫いている筈なのだ
それで
西船橋という駅まではなんでもない地下鉄で行き
新八柱まで行って見た

西船橋から松戸の方角へ電車が走るとまもなく左手に中山競馬場が見える
やや
競馬場をかすねる様に走っているではないか

という事は
あの競馬場の裏の鬱蒼とした雑木林を突っ切っているのである

祖父とドウランを肩にかけて食物採集に出かけ
その後は
夏の夜中にカブトムシを採った森はもう無かった
線路と競馬場の間は住宅がびっしりと詰まっている
競馬開催の週末など煩くてタマランだろうと思う

馬場穂駆け抜ける馬の地響きを聞きながら遊んだ森はなんだかツルッとした家で一杯だった
そのあるの暫くは切り通しだから景色など無い
腰掛けて御馳走帖を読んでいると
あっという間に新八柱に着いた
八柱は大きな霊園があって
夏の夜良く忍び込んで肝試しなどといいながら

夜の墓場をほっつき歩いたのだ
お化けも出ず
なんでもないのにそう言う事をして遊んだのだが
駅と霊園の位置関係を知らないので
改札を出てすぐ戻りの切符を買って
帰って来た

今度は全部景色を眺めてみようかと思っていたが
早くて景色は変わっていて何処だか良くわからない
それでも
この路線は一箇所だけやや幅のある高架線路になっているはずなのだ
その辺りは昔ぜ~んぶが田圃で実りの時期はスズメが大きな黒い塊で稲を思う存分突付いていた

おう
此処だと思ったがそこは郊外型のファミレスやら団地やら住宅で埋まっていた
また切り通しになる
これは
昔の裏山をカスメテ始まる
裏山がとうに無いのは知っていた
凹んだ日陰も住宅で埋まったのだ

切り通しのコンクリートがだんだん低くなり
昔の梨畑の脇の竹薮が健在で
県道だか市道だかを横切った時


皆川の家だ

皆川の家は農家で母屋と納屋とが庭を挟んであって
この線路はその皆川の家のど真ん中を突っ切っているのだ

そう言えば
もう一人農家の友達が居て
湯浅だが
湯浅の家は
電車の走るずっと前に西船橋から松戸の方へ行く道路が突っ切った
私の友達の内
二人の家を道路と線路が突っ切ったのである
一瞬見えた皆川の家の納屋は半分崩れていたから農家など止めたのかも知れない
そもそも
周辺に田圃も畑も殆ど無く

そんなこんなで
また競馬場の裏の昔の昼尚暗かった辺りを平気で突っ切り
また地下鉄に乗り換えてなんら嬉しい事も無く
腰掛けて御馳走帖を読み始めた