無味無臭でよかった話 | angoの世の中フラリフラリと

無味無臭でよかった話


今だって滾々と湧き出る温泉のように
空に放たれる放射能はあるし

地下に入り込む放射能があるし
地下水のどの範囲までが汚染されるかなどということは予想も付かず

地球上で言うなら
少なくとも日本全体は
現在の事に限って言うのなら

もっとも不自然な放射能汚染を観測できるわけで
あそこに近付く近付かないと言うのは程度の差があるだけで

汚染源は狭義に言えば
福島県にある福島第一原子力発電所で
もう少し範囲を広げれば
日本

つまるところ
汚染の濃さが問題なのです
住めない所をいずれ住めるからと言うのは
濃さの問題よりも経済の問題で

意識の方向が
不都合を感じなくなった頃なら
恐らく目出度く町に帰る事が出来るだろう


滾々と湧き出るものに不都合を感じていない今だって
ドンドンと地面に吸い込まれて行く物に不都合を感じていない今のように


よく考えると
騙されても騙されても
結局は信じるのである

信じた者の悲しさなど
相当に安物の演歌でも
今時流行りはしないのじゃないか?


何の根拠も無く
10年、20年、30年
よく言いますなぁ

即時ってのが一番ひょうきんだ
あそこは即時にの課題しか持っては居まい
あそこは総てが気に入らない
自らが全く力が無い事も含めて

聞き流すだけでも時間の無駄を感じる


今交わされている対策や方針の中身が
はっきり出来ないのは
今現在の状況を隠している以上とても当たり前のこと

いまや原発問題は
ただの流行でしかない

解決というものがある性質の話題ではないからだ
安心の定義などどこにもないし
安全の定義だってあまりにも範囲が広すぎるのが普通だ

国民の態度としては
安心安全という言葉の意味する状況を
勝手に想像出来る事が既に間違っている