ボンヤリ見ての感じ | angoの世の中フラリフラリと

ボンヤリ見ての感じ

何かの都合が良くない機会で歩いているような子供が海岸を走る

やや歯車が会い始めた子供が歩いている
随分と滑らかになっては来たが
全体に華奢な子供が何人かで下校している

海沿いでフラリフラリとしていると
幾らでもこういう光景に出会う

この頭の重さで前進するよちよちからの成長の見本達には
何も決められたものが無い
可能性ばかりしかない

目的を課せられていない次期の子供にあるのは100%の可能性だろう
いずれ自分の好きなものを見付け
方向が決まる

前方180度を絞り込むのかも知れないが
少なくとも
本人が絞るまで前方の180度は確保されていなければと思う

日本が
その条件で良くないとは言わないけれど
可能性しかない世代がいる以上
意味不明は社会の変革などして欲しいとは思わない

それで無くとも
可能性は親に左右されてしまうのだから・・・・


故に家族を崩壊させるような異常な思想は支持する気も無い
大人は
子供に可能性を見出す役割だろう
などと考える日々ではありました