太陽は北風かもよ | angoの世の中フラリフラリと

太陽は北風かもよ

太陽光発電は新しいエネルギーの代表のようになってしまった様な感がある  
菅の仕事である    

あの時のはしゃぎ様は時期的に似合わなかったが
別に彼にとってはどうでもいいのである

そうさせたのはあの白い電話の会社の人だが
あの人は商売をはじめたとき豆腐屋になると宣言したそうな

チョウで数えるようになる
その宣言から見れば実にいいところに目をつけた

ところがあれで電気がどうにかなる筈が無い
なぜ
それでもあれで商売すると判断したか

全量買取制度
これを政治が認めるならば
資本は掛からない方がいい

単なる商売

反原発を太陽光につなげると被害甚大だが
被害がどうであれ電気はいらないとは言わないのが現代人だ

間抜けな地方自治体がこれを受け入れ始めている
どうせ人が生きるのなら自然は破壊されるのである

あのパネルでさえその下の地面は殺されるだろう

太陽光産業はコストが掛からない
低コストの分だけ効果がままならない
それでも高価で買い取る

それを間接に使うと消費する側がこの穴埋めをする

事業者は慈善事業でやっている訳ではないからこの判断は正しい
儲ければいいのです

もし日本の事を考えれば
地熱でしょう
海流も使える

風とお日様はままならない
絵本でもそう言っているじゃないの

象徴的な物の存在が好きな日本社会だから気をつけないと
お祭りで一生は過ごせません


電気料金のアンバランスの記事はあったけれど
お日様に頼るともっとその比率が
お父さんの立場を脅かす

独身でよかったなぁっと


別に私ほどにひねくれたわけでもないこの記事

大失敗だった太陽光発電推進 ドイツの教訓に学ぶ