延長線上にはいいもの無し | angoの世の中フラリフラリと

延長線上にはいいもの無し

そこで何が起きるとどういう事が起きて
その場合何を優先して避ける若しくは守る必要があるか
それを知らないと

何が起きてるの?
ああそう でどうなの?
ああそう じゃあ頼むよ!
何で出来ないの?
なんだって? 話が違うだろう!
じゃ どうする心算なんだい!
なるほど 大丈夫なんだね?
それをしてくれよ!
出来ないじゃないか! 逃げるなよ!
で 様子はどうなんだ?  
ああそう
それで行けるのか?
じゃあ安心だね
出来ないじゃないか
本当の事言えよ
もういい! こっちに考える人を集める

こういう感じだと居ない方がいい
それより何より まず最初の物を瞬時にして忘れていた
元々の興味が無かったのかも知れない
今思えばその方がより事実に近いだろう

今では優先順位は随分と下がり
最後に控えているものに到達する為の通過点としての扱いになった

後手に回った行動は既に起きたものは消し去らないから
いずれ 根拠の解からなくなった頃に妙な病気が増え
もしかすると奇形児ばかり生まれ
成長の途中で早死するものが居るとしても
一生何らかの不都合を持って過ごそうとも

根拠の明白なものに対する以外他人事とする
この考え方は便利で戦後育ってきた考えだろうと確信するが
責任の意味を取り違えた方が得だと気が付いたのでしょう

意図と作為が明白で直接手を下した事での損失に対して
その落ち度を攻められる事が即ち責任であるとした訳だ

思う起こせば尖閣の時点で危機管理責任能力という言葉が使われたが
其処には如何にも古典的な日本の責任感での攻め立てしか無く
攻められたところで 何言ってんだこいつ等という風で済んでしまった

今もそれで進行中

何一つ意図的な風は見せず
作為的にそうはせず
只管に間抜けな頓珍漢で事を放置しただけ

個別に考えるとあれこれある様に見えるのかも知れないけれど
進行している事は一つでしかないですよ

一切が将来へのボディーブロー
例外は無いでしょう
延長線上にはいいもの無し

今を取り繕えばそれが確実に成る