その人は
こういう顔の人なので
よく見てみると
背景には軸の掛かった床の間らしきものがあり
ネクタイもキチンと締めていて
とても貧乏そうには見えないのにも拘らず
その著書があまりに
ひょうとした貧乏そのままで
真に迫っていて
今でもそんな事があったなんて信じられず
一度買った本であってもその時に持っておらず
まして
古本などであったら
うちに帰ればそこにあるのに
つい買おうとしてしまうのです
すなわち
「貧乏だ貧乏だとぼやいているが、
あの野郎家でカツレツ七,八枚を食らい、
人が来れば麦酒を自分一人で一どきに六本も飲んで、
その間一度も小便に立たないとほざいている」
らしかったのです。
そんな事にはお構いなく
順天堂病院の特等病室に寝ている田氏のところへ、百鬼園先生は水色の帽子をかぶったなり、
つかつかと這入って行った。
枕もとの椅子に腰をかけ、帽子を脱いで膝の上に置いて、聞いた。
「如何です」
「経過はいい方です。手術した傷の痕が、癒着するのを待つばっかりなんだ」
「どの位かかりますか」
「早くて三週間はこうしていなければならないでしょう」
「それでも、よかったですねえ、そうして盲腸を取り去ってしまえば、
四百四病のうちの一病だけはもう罹りっこないわけですね」
「あとは四百三病か」と云って、田氏は笑いかけた顔を、急に止してしまった。
笑うと腸が切り口から覗くのかも知れない。
「今日はお見舞い旁、帽子を貰いに来ました」
「帽子をどうするのです」
「貴方の帽子なら、僕に頭に合うのです。滅多に僕の頭に合うような帽子をかぶっている人はいませんよ」
「だってボクの帽子は、君そんな事を云ったって、僕のかぶるのが無くなってしまう」
「しかし、こんな水色の帽子なんかかぶっていると人が見るんです。
外はもう随分寒いのですよ。
病院の帽子掛けに、帽子をかけて寝ていなくてもいいではありませんか」
「それはそうだけれど、出る時に帽子が無くては困る」
「出る時には、お祝いついでに、新しいのをお買いなさい。あれはたしかボルサリノでしたね」
と云って百鬼園先生は、隣の控室から、田氏の帽子を外して来た。
「丁度いい」
百鬼園先生は、その帽子をかぶって、病人を見た。
「よく似合う」と病人が云った。
後で退院する時、田氏は新しい帽子を補充するのに、二十幾円とか、
かかったと云って、「一年着古した帽子だと思ったから、惜しげもなくやったのだけれど、
結局は二十何円持っていかれたのと、おんなじだ」とこぼしたそうである。
百鬼園先生もその話しを聞くと、何だか貰った時の気持とは勝手のちがう、
少少物足りないような感じがした。
と
こんな感じの人だと思いたいのです