アカルイミライ | angoの世の中フラリフラリと

アカルイミライ



思い起すと

私はいつでも悲観的なことを言っており


いつでも周りの寛大な人に

励まされて来た様なのですが


実は悲観的に見ていたのはその時々の

現実であって

将来についてはまったく楽観的な人なので


ああそうか、、、、。


でもいいや


今日只今のことを楽観的に考えたり

将来の事をシリアスに論じてみた所で

その通りに何かが運ぶ訳では無く


それでも過ぎてきた時間を否定したくない為に

肯定して今を安心してしまえば

この先の事の何の参考にもなりはしない


これまでの過ちを殊更大袈裟に認めたところで

そういう事なので


この先は良くなるぜと

思いながら

楽観的に将来を見つめ

これまでにあったものの何者にも左右されず

何かをする


何があっても明るくしかならない夜明け前の気分で

何でもやってしまう




私にとっては現実のほとんどであって

今となっては

ノスタルジーの対象なってしまった

昭和の後半に


貧乏人は麦を食え

とか

もはや戦後ではない

とか

その後に


私の意識のまだ朦朧とした時代に


笑い飛ばして

無責任で世の中を渡ろうとした


架空のスーパーヒーロー

日本一の無責任男

と言うのを

植木等が演じて


私はただの面白い人だと思って

真似してくねくねしていたけれど


あの時に言っていた

無責任と言う言葉


今の

同じ言葉と意味が違う


過去をまじめに思い出すと

将来が悲観的に無りなりそうで


もう書けない