ガラスの外から | angoの世の中フラリフラリと

ガラスの外から


不思議の国日本

と言うような本が随分昔にあったように思う

私はそれを買いもしなかったし

読みもしなかった


だから


どこの誰が書いたのかも知らない

なら何も言えない様なものだけど

日本と言う国を不思議だと言われる事に

何と無く快感めいた物感じる風潮があった様に感じた


外国の事を海外と言う国が他に在るのか無いのかよく知らないけれど

海に囲まれた国で生まれるであろう表現で

良くないとは思わない


地上に国境のある所を上空から見たところで

勿論地図に書かれている様な線は存在しない

それでも

地上に降りて国境を越えるというのは

ある手続きを要する

見えない壁のためにハンコをついたり

なにやら書いたりもする


見えない壁の向こうはルールが違うし

生活も違う


見えない壁は

いろいろな物を食い止めるのに役立ち

情報さえ食い止める


情報化社会の先進国だとて例外は無く

先進国はかえって

情報を食い止める方法を持っている

先進国は常に見られる側に立つ事が多く

アジアにいる限り

日本、韓国、などのトピックスが幾らでも現地の新聞に

取り上げられる


そんな中で気になって仕方が無いぞと思ったニュースは

子供たちの自殺が頻繁に起こり始めた事だった

その数があまりに多く

日本の子供たちに何が起こっているのか

聞かれても

私は随分日本に居ないから良くは分からない


いま自らの意思で蚊帳の外にいる私が

日本にいる子供たちを

気にしだしていた


そうこうする内に

今度は無差別殺人の連鎖


それだけ聞いた人にとって

不思議の国は

今度は

いつ何処で何が起こるか判らない危険な国として映り始めている

多くの人が

個人のブログから日本を良くしたいと提言をしている

個人に訴えるのもあれば

国に対する提言もある


平和な国で起きている異常な事件として見るには

異常に多い無差別殺人


誰でも良かったと言うのが本当に犯人の口から出た言葉ならば

甚だ危険で

とても平和だとは言えない

今の日本での事件は 

その発生地域が特定出来ないと言うい特長を持っている

日本中満遍なく

何と無く

危険を孕んでいると言う事だ


良くする前に平和にしなくてはいけない

平和なら即ち良いという訳ではないのだから

平和が前提に在って

更に良くなくてはいけないのだろうと思う

良くしようと言う表現は

即ち安全な平和な社会という事だと理解していいのだけれど

社会が平和じゃないという言い方を私は好むのです


日本は何時でも見られています


国際社会に対して

核の無い世界を作ろう

そう言っている国の人が


個人による

目的のハッキリとしないテロルが横行している社会を作り出してしまった事が


矢張り

不思議の国日本

という評価を

存続させようとしているように思うのです