オリンピック
オリンピック
今年はオリンピックの年で、オリンピックに参加することが出来るほどのスポーツ選手のいる国では、それぞれの選手が国内で競い合い、それぞれの国のまたがった地区で競い合い、代表権の獲得に一生懸命なのだ。
1964年に東京大会があったとき、何だか凄いことのように思っていたし、その次のメキシコ大会で、日本選手を応援するメキシコの観衆に親しさも覚えた。
市川昆監督の映画「東京オリンピック」だって見に行った。
この映画は当事のお上には不評であったけど。
その後、ずっと後になって映画「白い恋人たち」がヒットし、タイトル曲もヒットし、血の通った記録映画もあるのだと言う事がわかってきて、お国柄があるにしても国粋ではなくて、いいなと子供ながらに感じたような記憶がある。
今年は、北京だ。
食べ物の無い日本は、中国も随分食っているが、餃子事件だ。 チベットだ。
日本では、余りそうは言っていないみたいだが、アフリカの地下資源開発に絡む現地での中国人による人種迫害も全くひどい。 恐るべき中華思想。
ムードは、良くないのだ。
世界中が、何と無く気持ちが悪い。 が、市場としては、ほっとけない。
いい年になってこんなことを思うのも可笑しいけど、
オリンピックと言う行事、近代オリンピックの憲章に則っている平和の何とか、と言うのは嘘だろう。
ある時オリンピックは、政治、経済、宗教、人権の問題であり、開かれた国際市場参加への登龍門の様なものにも使われるだ。
これを開催する事で、これらの問題を改善していきなさいよと言う事なのだ。
世界の市場の仲間に成ったんだから自覚を示せよ。
と言う事なのだ。
開催国に指定した代償を求めるだけの価値を持った行事なのだろうと思う。
そんなだからと言う訳ではなく、わたしは、その選手が日本の選手であるからと言う理由だけでは、絶対に応援をしない。
特に興味は無い、どこの誰でもいい、その競技に強い人が勝つことで満足なのだ。
私は今回の予選会を古い友達と、そのかみさんとでテレビで見ていたが、カツテあれだけ冷めていた男が一生懸命に日本選手を応援していた。
わたしは、ただ見ていた。 試合の流れを見ていた、負けても悔しくないし、勝っても嬉しくない。 オリンピックそのものがどうなるかが知りたいのであって、テレビに向かって騒いだり、変な顔をしたりはしない。
その、冷めた私の態度に彼らは呆れ返ったのだった。
いい年をして、こっちで何をしたところで、テレビのあっちに何かが通じるとは、
私には思えなかったのだ。
勝つ筈のない者に何を騒いで見ても急に強くなるとも思えなかったのだ。
北京へ行くべき聖火が、ボッと炎を上げると問題が、表面化した。
ある意味、オリンピックと言うものを純粋に受け止めている人がとても多いと言えるのかもしれない。 まったくその反対かもしれない。
世界中を聖火が周り北京へ付くということになっているし、そのこと自体は、お祭りの前宣伝として良いのかも知れない。
それにしても何だか強引な様に見える。
我々は聞く耳は持たんよ、中国を非難すること自体の恥を知れよ。といわんばかりの発言をする今回の開催国って何だ。
中国の手で今回の大会を成功させるべきかどうかを考えてもいいと思う。
飽くまでもオリンピックは、スポーツの祭典だけの為の行事だけではない。
と考えるならばだけれど。
オリンピックは政治だ、経済だ、その他諸々ドロドロだ、それでも良いではないか。
政治と経済が無関心だったら、IOCはどうやって開催にまで漕ぎ着けるのだ。
ナンデ国旗を表にぶら下げんの。
兵隊の力比べから始まった古代ギリシャの行事を何もいまは平和の祭典とだけ言うことも無いし、ナチスがベルリンで始めた聖火リレーをこんなに大事に、今回は特に、ある大宣伝のために前代未聞の規模でやっている事に、その成功に、神経を尖らせなくても良いではないか。
彼方此方で消されそうな聖火ならそれだけの事だ。
オリンピックを絡めて国際社会の問題を語るのは良くないというが、国際間の問題をオリンピック開催で誤魔化してはいないのだろうかな。 と考えてしまうのです。
毎回ギリシャで開催すれば、それで良いではないか、本格的だし経済的だ。
政治も省かれる。
子供の頃に、選手を引退した後に映画に何本か出ていたトニー.ザイラーとイナ.バウアーのファンだった。
「黒い稲妻」やら「空から星が降ってくる」やらの映画を観たものだった。
テレビでだったんだけれど。
サウンドトラックのソノシ-ト〔ナンだかわかるかい〕アルバムは、なぜか家にあった。
スキーの板の売り込みで、トニー.ザイラーが日本へ来た時には、新任の副担任の女の先生に大嘘を付いて信じさせて、学校を抜け出して、大急ぎで会いに行った。
正担任の先生が長年のイライラした大酒で肝硬変を起こし入院中であったのが幸いしたのだ。
(怖かったけどやさしい科学の先生だった。)
午後の地下鉄を乗り継いで、サイン会場へ着いた時、遠くで、彼は席を立った。
会場から彼が出る途中のエレベーターに滑り込んで握手できた。
スケッチブックの表紙と中にもサインもくれた。
「君もスキーするの?」
「マダしたことはありません」
「いつかやって見るといい。 好きになるよ」
「そうします。 サイン有難う。 あなたとイナ.バウアーのファンなのです。」
その後、暫らくしてスキーを始めた。
カラフルな時代に苦労して板もウエアーも黒で固めて、黒い稲妻になった。
そんな気になった。
オリンピックから始まった、極上のいい思い出だって持っているのだ。