バンコック1993-2007 その1 | angoの世の中フラリフラリと

バンコック1993-2007 その1

 

外国で知ること

 

7時を過ぎた頃に階段を二段飛ばしで上がると、中が真っ黒で、舞台照明の効果で綺麗に見えるところが、かつてあって、其処についこの前までは日本に居ましたと言うタイ人だがマレーシアのパスポートを持っていた若いお母さんがいて、独特の日本語を駆使して、数年間の日本生活で、色々知ってるぞ。と言うので聞いてみた。


その日本語で、こう云った。

「まえまえに ニッポン行くにダメでしょね。 あと もしタイ人じゃないに いく出来るもあるぞーだって。 そー、そんなにあるするのー  じゃあ いくしたいぞーでしょね。 あと あれひといってるは 少しにお金いるするけど かんがえしないもいーよだって。仕事するに少し少しかえすでいいでしょね。 あと行くにドンナだーに聞くするや。  いくするは マレーシアじん するしてーだって、 あと 日本つくだったにひこうじょーでタイ語しないな!でしょね。 あと 服にするは、マレーシアのヒトみてるにしてねー。でしょね。 すぐよ!」 

これは判りやすい日本語かもナ。 と思った。

 

大阪、名古屋、川崎、蒲田、茨城、随分と引っ越して、休みの日には、「京都の太秦行くに着物で写真だったぞー」 とか、 「おい ! ディズニーランド なんかい なんかい だったぞー」 なので、かなり楽しんだのでしょう。

 

その中で、一つの確信に似た事実に出会っていた。

 

「ねー タイに ナンデ ビンボーだ? わかるにあるか?
わたし わかるにだったぞー。 さむいだ! さむいにおかねある出来るじゃないの!ファランに寒いあるでしょね 日本に寒いあるでしょね タイに寒いあるじゃないや!」

「じゃあ タイはお金ダメな!」 

と言ってみた。

「ちょっとな...。 あと もし いっしょけんめいするは 寒い寒いに買うする出来るじゃないの?」 

つづけて

「あなたに どんなに かんがえするに あるだ」

 

「いっしょけんめい するでいいや」 

と励ました。

 

 

タクシー

 

どこかに用事のあるときは、タクシーで、行く。 

まだバスの路線を覚えていない頃は、そうだった、仕事の打ち合わせに行く時もそうだった。メーターをつけたタクシーが出てきだして、屋根の上に電飾でメーターだぞと書いてある。

タクシーを止めて、行き先を云って、運転手が行きたいかどうか聞く。 

「行かない」と言う答えだってかなりある、遠いから、とか、混んでる所だから、とか、会社で車の交代の時間だから、とか、いろいろだが、単に行かない、いや、と言うのも随分ある。

単に「行かない、いや」、この理由がわからない。

でもまあ、行かないのだから無理なことをお願いしても仕方ない。


次の車をとめて、また聞く、「いいよ」といったので、おお、行くんだな、と思って乗る。

こっちは、二人か、三人で、用事が有っていくので、何か話す。段段運転手の様子が変になってきて、ラジオのボリュームが少しずつ大きくなってきて、解り切っていた筈の渋滞に文句を言い出すこともある。 

雨でも降ってきたら、それにだって文句を言い出したりする。

後でわかった。 


タイの人同士だったら、世間の無駄話を出来るのに、よりによって外人を乗せてしまった事への後悔、閑でそれが嫌。というのが、第一因、 此れは、こっちが少しでも、この国の言葉がわかれば、もう解決する、そうならば黙っていないでもいいから。


第二の原因、自分の理解できない言葉を聴いているとイライラする、これは、まあ、解らないという事だけは、お互い様であろう。 こちらは、イライラには発展しない。


第三の原因、第二番目に加えて、この理解できない言葉の間に笑い声が混ざる、つまり、乗っている客は、いま自分のことを馬鹿にしていて、面白がっているに違いない。なんの根拠も無い被害妄想狂、実はこれが多い。

 

そう思い込んだ運転手のとる行動は、何が何でもラジオのボリュームを上げまくる。


どうしてもその妄想が解けないと、渋滞のひどさ、会社に車を返す時間が迫った、何かにこじつけて、「もう、この先は行かない」こう宣言する。

渋滞していなければ、兎に角スピードを上げて、ほかの車を追い越し、追い越し、早くそこについて、客を下ろす。


あの頃のタクシーは、そういうことがよくあった。