Adept・Mentor 島津成晃の独り言

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感じたり思った事を書いて行きます。 時には秘伝などを書く事も。 空手や色々な趣味の話も。
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宜しくお願いします。
島津相談室代表
正伝流空手道中村道場相談役

 本日もいつも通り稽古に行きました。
妻と二人で準備運動、基本稽古、移動稽古を行い、その後、師範のご指導で型を念入りに稽古しました。
いつもやっている三戦、転掌を稽古し、その後、十八を何度かやり込み、それから研究課題の五十四歩を動きを確かめながらやり込みました。
どうにか、最後まで型の動きをなぞる事は出来たので、これから繰り返しやり込んで行かなければいけません。
何百回、何千回とやる中で、型が心身に沁み込んで行きます。
考えなくても自然に身体が動くまでやり込まないと、型に風格も出て来ませんし、説得力も生まれません。
先は長いですが、ずっと後回しにして来た型なので、良い機会ですから、やり込んで行こうと思います。
いわゆる空手道の稽古をして物凄く充実していて、楽しいですね。
激しいミットやスパーリングも、それはそれで楽しいと思いますが、空手道の深みある稽古は、心身に沁み込んで行く様な気がします。
有り難い事です。
気がついたら、稽古時間をかなり過ぎて仕舞っていました。
師範も私もこう云う稽古は時間を忘れてやって仕舞います。
一緒にやっている妻はかなり疲労したと思いますが、最後まで頑張ってやっていたので、後々の誉れに必ずなると思います。

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 御依頼を受けて御先祖様の御供養を行う時、すぐに反応があり、スッキリとするのも早いお家もあれば、中々読経や祈りが届かず、反応が出て来るまで時間のかかるお家もあります。
長く御供養を受けられていない御先祖様の御供養を行う時、読経をしていても違和感を感じ、手応えがないと云うか、空虚に感じて仕舞います。
それでも読経を続けて行く中で、少しずつ御先祖様が反応されて、最後はスッキリと彼岸へ渡って戴きますが、長く御供養を受けられていない御先祖様は、冥界で眠っておられる様な状態で、お経が届きません。
暫く読経を続けていると、少しずつ目を覚ました様に起き上がって経を浴びて浄化されて行きます。
生前の執着の念の中に溺れて沈んでいる様な状態ですが、経を浴びる中で徐々に執着から離れて行かれる事で浄化されて行きます。
普段からお彼岸や御盆、御命日等に御供養を受けられ、またお家のお仏壇で祈られている様な御先祖様は、執着は残っていても、まだ軽い感じがします。
色々な御先祖様がおられますが、子孫やご遺族の方の祈りによって浄化されて行きますから、それがないといつまでも楽になる事が出来ず、彼岸へしっかり渡る事が出来ません。
また生前の苦しみや思いが残っていますから、本能的には楽になりたいと思っていて苦しみから抜け出したいとは思っています。
ですが、自分で意識を変えて執着から離れると云う事は中々難しいので、祈りや読経によってその力を得て、解放されて行きます。
子孫やご遺族に御供養の要求が来る事は良くありますが、そう云う時は、心身のバランスを崩したり、思わぬアクシデントが起きたり、感じ易い方は夢に見たりする事があります。
日々御供養して行くと云うのは、簡単な様で続けるのは難しい事でもありますから、菩提寺や私共の様な者に御依頼戴くのが良いと思います。

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 先日の神様の御縁日の時に、神社によって作法が異なる時があるが、正しいのはどれかと云うお話がありました。
伊勢神宮での古神道では八拍手、八礼三十二拍、出雲大社では二礼四拍、その他にも二礼三拍などと云う所もある様です。
神社庁が推奨している一般的な作法は二礼二拍。
これが一般に一番普及しています。
あくまでも私の見解ですが、そう云う作法は神が作ったものではなく、人間が作り上げて来たものです。
二礼二拍についても、近代に決められた事であり、本来はもっと自由と云うか、神社によっても、神様によっても異なっていた可能性はあるかと思います。
それより、最初に行う、礼が重要であると思っています。
礼を行いながら、同時に呼吸をしっかりする。
動きと呼吸を合わせる事で、身体と呼吸が一体化し、それに伴って雑念も消えて出て来にくくなります。
茶道やその他の伝統的なものに古くから伝えられている礼法の中にお辞儀と云うものがあり、とても重要視されています。
これは礼儀と云う問題だけではなく、心身を一体化する事で所作が美しくなると云う事に意味があります。
無理がなく負担がない、正しい所作は美しく、またその所作を行う事で心身が一体化します。
祈りは純粋なものであるべきですから、心身の一体化が出来ていないと、雑念が湧いて来て、願い事ばかりになって仕舞って、祈りではなく欲の訴えになって仕舞います。
神と通じて浄化され、神の意志を受け取り、学んで行くのが祈りですから、願い事ばかりでは、一方的な訴えになって仕舞って、神から授けられる大切なものを受け取る事が出来ません。

 作法とは、法を作ると書きます。
作法を正しく行う事で、本来の目的である心身の一体化が可能になり、そこから全てが始まります。
ただ、作法にこだわり過ぎて、形ばかりに意識が行って仕舞うと、本質を忘れます。
あくまでも、作法を行う事で心地良く、無理なく心身の一体化を行うと云う事を忘れない様にしたいですね。

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 本日も稽古に行きました。
私と妻だけでしたが、師範がオンライン会議の後、参加されて型の稽古を念入りに行いました。
いつも通り準備体操、基本、移動、型と行いました。
師範が参加されてからは転掌、観空を稽古し、その後は研究課題として五十四歩の型を稽古して行く事になりました。
長い型で、USA大山空手の総帥、大山茂師範が嘗て映画地上最強の空手で演舞された五十四歩の型が素晴らしくて、憧れましたが、何せ難しく長い型なので、何れは修得せねばと思いながら、後回しにして今まで来ました。
順番を覚えるだけでも中々大変ですが、身体に沁み込んで自然と動ける様になるまで何百回何千回と稽古しないといけないと思います。
時間がかかりそうですが、師範からの提案で研究課題としてやって行く事になったので、良い機会ですから少しずつ学んで行きたいと思います。
我々の稽古では、特に呼吸に重点を置いて稽古しました。
空手の呼吸には息吹、逃れの表裏とありますが、それ以外にも気合いを入れるにも呼吸が出来ていないとなりません。
また、移動や型に於ても、呼吸が重要です。
私共の祈りでも、呼吸が正しく出来ないと、読経の声も響きません。
呼吸と肉体、心が一体化した時、本当の祈りが成立します。
日常の中でも意識して稽古して行けば身に付いて行くものですから、頑張って稽古しないといけないですね。

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 昨日、愛車が車検で車庫にいないので、高圧洗浄機を使って清掃しました。
風水的には、車庫は穢れが溜まる場所になるのですが、車が置いてあると中々掃除が出来ません。
愛車がいない時に溜まった汚れや穢れを奇麗にしようと思って、高圧洗浄機を使って奇麗にしました。
やはり、思っていた以上に汚れが溜まっていて、真っ白にはなりませんでしたが、かなり奇麗になって浄化された感じです。
普通に散水ホースで水を撒いただけでは中々奇麗にならず、さすが高圧洗浄機のパワーのおかげです。
家庭用ですが、それなりに洗車やこう云う清掃の時は活躍してくれます。
砂ぼこりや枯れ葉が溜まっていて、本来白である筈の床面や壁が汚くなっていました。
スッキリするとやはり気持ち良いですね。
気の流れも変わると思います。

 本日、愛車が車検から帰って来ました。
定期交換部品等もあり、それなりに高額な費用がかかりましたが、安全に故障なく乗る為には必要な事なので、仕方ないと思います。
帰りはやはり愛車を走らせていて、締まった感じがあり、気持ち良く帰って来ました。
車庫に愛車が入ると、やはり何だかホッとしました。
あるべき所にある物がないと、やはり違和感が出て仕舞いますね。

 気療のお仕事をしてから夕方に歩いて行きましたが、まだまだ暑かったです。
帰りは愛車でエアコンを効かせて帰って来たので快適でしたが。
片づけや掃除もタイミングが合わないと中々出来ません。
少しずつ、今だと云う時に頑張り過ぎないで、やって行くと良いですね。
何気ない様に思える掃除や片づけが運気や気の流れに影響しますから、少しずつでも整理整頓して清掃しておきたいですね。

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 毎週水曜日の夜に伝授を行い、内弟子達と語り合っていますが、昨日の伝授で「謙譲の美徳」「謙遜」「自己の正確な評価」「卑下」などの話題になりました。
謙譲の美徳は、自身を卑しめて貶めるものではなく、相手を認めて良い所を称賛してあげると云う所から来ています。
自分の価値を貶めて卑屈になる事ではありません。
自分が自分がと出しゃばらないと云う事は大切ですが、自己の持つ自信や価値を卑しめる事は間違いです。
謙遜するについても同様で、偉ぶらない、自慢しないと云う事で、わざわざ自身を貶める事は間違いです。
近代になって謙譲の美徳が失われて来たと云われますが、決してそんな事はなく、自己を正しく認識し、評価して、自分の思いや信念をハッキリと打ち出すのが当たり前の時代になったと云う事で、だからと云って出しゃばったり、偉ぶる人は嫌われますし、評価されません。
東大を卒業した人が、私なんかと謙遜して仕舞うと、それ以外の私立の大学を出た様な人達から見れば嫌みでしかありません。
謙遜するのは悪い事ではないですが、時と場合と相手を選ばないと、卑屈と取られたり、嫌みになります。
また、社会では自信のない人は、評価されず、嘗められます。
嘗められて仕舞ったら、その時点で勝負に負けた様なものですから、そこから抜け出すのは大変です。
偉ぶったり、肩肘張る事は良くないと思いますが。
自分の出来る事、持てる力をしっかり自己評価して、揺るぎない自信を持つ事は重要です。
祈りやスピリチュアルの世界でも、自信のない卑屈な心を持っている人は、高次元と繋がる事は出来ません。
人と比べるのではなく、出来る事は出来る、出来ない事は出来ないと、しっかり自己評価と認識をしておく事はどの世界でも重要です。

 ちなみに、今日は愛車を車検に出して来ました。
費用はかかりますが、法定点検はしっかりやっておきたいですから。

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 本日も稽古に行きました。
私と妻の二人で稽古を始めました。
師範はオンライン会議で、遅れて途中から参加されました。
柔軟体操を時間をかけて身体を緩め、基本稽古は一つ一つの技を丁寧にやりました。
勢いでやっていると型が崩れて仕舞って悪い癖が付きます。
意識を持って、丁寧にしっかり稽古しました。
移動稽古は、受けの移動、前に出ながら受け、下がりながら受け、突きの稽古も同様に前に出ながら、下がりながら突きを出す稽古。
そして、転身の稽古。
ステップワークですが、斜め前に出る、斜め後ろに下がるを繰り返しやって稽古しました。
蹴りの移動も、体幹や足の位置を確かめながら、丁寧に。
妻の苦手だった後ろ蹴りも、大分上達しています。
少し妻が足を痛めているので、移動稽古は軽くやりました。
次に型ですが、師範が加わり、指導して戴きました。
三戦、転掌を繰り返し行い、撃砕小、撃砕大、観空を稽古しました。
観空は久し振りなので、若干怪しい所もありましたが、稽古して行く内に徐々に戻って来た感じです。

 本来ならスパーリングを最後にやりますが、妻が足の調子が悪いので、師範からのリクエストで護身を少し。
軸線の展開、重心の移動を応用した技を稽古しました。
また、撃砕小の中にある技を実際にどう使うか、稽古しました。
型の中には、空手の本質的な身体の使い方、技への展開など、隠されたものが沢山あります。
繰り返し稽古し、実際の使い方を追求して行くと、身体の奥深さを実感します。

 稽古はやはり有り難いですね。
滞っていたものが流れた様に感じます。

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 祈りの世界の修業でも、特に密教では様々な作法や印契などが沢山あります。
教典も物凄く沢山あります。
仏教と云うくくりで云うなら、宗派によって様々な教典があり、その全てを網羅する事は、学者でもなければ到底無理な事です。
空手でも沢山の技があります。
攻撃の為の技、受けの技、投げ技、逆手、その他にも様々数えたらキリがない程です。
また、時代と共にスタイルも変わって来て、技もどんどん新しく開発されたり進化したりして来ています。
その全てを修得する事は不可能です。
達人と呼ばれる人達、今時はyoutube等でそう呼ばれる人達が多数出て来て、いわゆる秘伝と云われるものや、嘗ては知る術がなかった様々な武道武術の技術が公開されています。
しかし、良く良く見て聞いていると、多才な訳ではなく、一つの技にこだわり続けて、極限まで高めた結果として、その応用の広がりが多才に見えて仕舞っていると云う事に気がつきます。
祈りの世界に於ても、次から次へと作法を知りたがり、色々な教典を読み漁って知識をつけようとする人がおられます。
ですが、そう云う方の殆どが、その深奥に達していないのが現実です。
中には本当に本質に辿り着いた方もおられるでしょうが、どれだけの長い時を費やされたかと思います。
基本となる護身法、御先祖の御供養、神への祈り、深く追求して行く中で、そこに全てが含まれていて、大切な秘伝が隠されています。
武道も仏教も長い年月をかけて残って来て、発展し続けて来たものですから、その幅広さは膨大なものです。
あれもこれもと食い散らかす様に手をつけても、全て中途半端になって身に付かないでしょうし、また時間をかけて繰り返し行う中で身に付くものは、時間と回数をかけるしかありません。
近道はないです。
一つの手、一つの教え、一つの技を、呆れる程の時間をかけて繰り返して行く中で身に付けたものは、揺らぎません。
確たる芯となって残り、そこから自ずと発展して行きます。
ですから、始めたら途中で諦めたり止めたりしないで、ひたすら無心に続けて戴きたいと思います。
修業に余計な考えや知恵は必要ありません。
むしろ邪魔になります。
一歩ずつ、日々、頑張りましょう。

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 本日は庭木の伐採を行いました。
明日から雨が続くと云うので、本日やって仕舞おうと頑張りました。
庭にある榊の木、またどこからか飛んで来て生えて仕舞った木が伸び放題で隣家にも枝がかかりそうになっていたので、近い内にと思っていましたが、今がタイミングと思ってやりました。
電動の高枝のこぎりで枝を落し、落ちた枝を電動のこぎりとハンディチェーンソーで切って、燃えるゴミで出せる様に短くしました。
思った以上に大量になって仕舞いましたが、数時間かけて汗だくになりながら、何とかやりました。
まだ、残っているものもあり、また笹や竹も伸びているので、いずれやらないといけませんが、明日から雨と云う事で、当分先になりそうです。
取り合えず、大きくなった木は切ったので、一区切りです。
電動とは云え、それなりに力や労力も必要で、かなり疲労感や筋肉痛が残っていますが、一区切りつくまでやり遂げたので、まぁ良しと云う事で。
チェーンソーの扱いは慣れていませんでしたが、使っている内に徐々に慣れて来ました。
電動のこぎりは壊れて仕舞った様ですが、作業が終わりに近づいた頃だったので良かったです。
何年も前に購入して使っていたものなので、まぁ良く働いてくれましたし、いずれ新調しようと思います。
庭の空気の通りが良くなりましたから、良い気が入って来易くなると思います。

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 今日の朝、明け方に玄関に設置しているセンサーのチャイムが何度も鳴り続けました。
玄関に人が入って来るとチャイムが鳴る様に設置してあるのですが、また防犯カメラも設置していて、スマートフォンに知らせが来て見る事が出来ます。
今朝の現象では、カメラのアラームはありませんでした。
一応、見てみましたが、やはりと云うか、当たり前ですが誰も写っておらず、玄関まで見に行きましたが、誰もいませんでした。
我が家には強い結界を何重にも張ってあるので、余程縁のある人以外は入って来れない様になっています。
それでも入って来れるとしたら、縁の深い人か、神仏か、或いは亡くなった母かと思います。
霊視しても人の姿は見えず、青い葉の生い茂った枝が大量に密集している映像が出て来ました。
その時間の前に妻が氏神に参って帰って来た後なので、霊視から考えても、氏神にまつわる神系の何かとも思えますが。
母の姿を霊視しても、帰って来た様には思えず、さて何だったのでしょうか。
私の家では、この様な現象はたまに起きます。
以前、母が入院したその日に、玄関のセンサーが鳴り続けた事があったので、その時は母が帰って来たくて、来たのかと分かりましたが。
ま、悪い感じもしないですし、そう云うものは入って来れないですから、万が一そう云うものが入って来ても、我が家にいる眷族達、龍や狼が対処してくれるので、心配ないですが。
ちょっとしたスピリチュアルなハプニングです。

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