本年もニュースを通じて、その報道が流れました。
各国から参加され、平和を祈っておられました。
私自身は身内にその方面の人はおりませんが、小学校の修学旅行で広島と長崎を訪れた事があります。
原爆ドームが行程の中に入っていて連れて行かれました。
殆ど知識もなかったですが、記念館に入って数分で気持ち悪くなって外へ出た覚えがあります。
今思えば、置かれていた遺品や写真から強い悲しみと苦しみの思いが伝わって来て、当時の私には耐えられなかったと思います。
戦争と云う争いは国家間の思惑の違いから起きる事でしょうし、そこにどっちが正しいとか間違いとか、一言では云えないと思います。
が、非戦闘員である一般人を巻き込み、大きな悲しみを生んだ原子爆弾の投下は、明らかに行き過ぎだと思えます。
現在中東やウクライナ等で起きている戦争についても、民間人である非戦闘員の犠牲者が沢山いる事に、大きな違和感を感じます。
抑止力としての強大な兵器の存在意義はあると思いますが、実際に使用すると云う事は可能な限り避けるべきと思います。
私達が修業している武道に於ても、武器は納めて抜くのは最後の最後と云うのが哲学となっています。
何れにしろ、争いは良い結果より悲しみや苦しみを残す事の方が多いと云う事です。
何を以て平和と云うか、それも難しい問題ですが、戦争、そして最終兵器の使用は、可能な限り避けて欲しいものと思います。
亡くなられた先人達、国を守ろうと奮迅した人々の御魂の安楽を心より願いたいと思います。
同じ事が起きぬ様、終戦記念日に祈りたいと思います。
