なんとなく重たい身体を、やっと起こせたのはもう昼前。


昨日は親友たちと5人で、ビリヤード、ダーツ、飲み会。

1つ日をまたいで、呼び名が少し変わっただけ。 いつも通りのバカ騒ぎ。まだ実感がわかなかった。





今日の朝起きた時、なんだか容れ物だけが残ってしまったような感じがした。 


あって当たり前だったはずのものが、なくなって。


心に空いた隙間の大きさが、このバンドへの想いの大きさを、教えてくれました。




色々含めて5年間。 V系の世界に入ってきてからは、1年半くらいか。 本当にたくさんの事がありました。


今でも、これが正しい判断だったのかは、わかりません。

正解のないものだと、わかってはいるつもりですが、折り合いもついていません。


でも、11月2日は、本当に最高のライブができました。 はじめて全員が口を揃えて、最高だったと言えたライブでした。


まずは、来てくれたお客さん、出演してくれたバンドさん、Birthのスタッフさん。メイクさんカメラさん他にも助けてくれた仲間たち。 本当に、本当にありがとうございました。


それから、こういう形になってしまって、ごめんなさい。




メンバーのみんな。 ありがとう。


言葉がこれ以上、思いつかない。 こんな5文字じゃ全然、伝えきれないけど。

一緒に活動してきた時間は、本当に幸せでした。 リーダーとして、至らないところも多かったな。 ごめんね。今になってやっと気付くことも、たくさんありました。

















解散の理由について。

Kaiが音楽活動の引退を決めたことが、勿論1番の理由です。


だけど、それより先に解散という言葉を出したのは、俺でした。


その話をしたのは、4月頃だったと思う。

ずっと仲が良くて、楽しくて。だけど友達になり過ぎてしまって、ちゃんとした話し合いや会議が持てずにいて。

俺はどうしても売れたかった。このバンドならもっともっと先に行けると信じてたから。

だから、Poltergeistのレコ発主催までの期間、必死に動いた。



主催を終えた時、音楽で飯を食ってく覚悟がつかない奴が1人でもいたら、解散しよう。



確かそんな風に話をした。


結果としては、色々な状況が重なって、6月頭にKaiから脱退の決意を聞いた。














今でも俺は、自分の責任だと思ってる。


覚悟が決まってなかったのは、俺のほうだったのかもしれない。

俺がなんとかしなきゃって、勝手に抱え込んで、カラ回りして。

言い訳を探して、生きていたのかもしれない。









今日になってから急に、悔しさが止まらない。涙は出てこない。吐き出せるものもない。
感謝を伝える言葉も、懺悔の言葉も、全然思いつかなくて。

わからないことだけ、たくさん残って。

でもひとつだけ、このバンドが好きで仕方なかったってことだけ、やっと気付いて。


















少し前に、誰かに話をした。


前に進む為に、居心地のいい場所を自分で切り離さないといけない時がある。



偉そうに語った俺は、それをまだ受け入れられていなくて。


でも、ひとつ約束をしようと思う。



俺は必ず、前に進みます。


どうしようもない転び方をしたけど、たくさんのことを学んだ。

もっと成長して、もっと魅力的なベーシストになって、もっと良い曲を作って、

そして、もう仲間に辛い決断をさせないような人間になります。







ありがとう。ADDICTのベーシストとして語るのは、これで終わりにします。

このバンドに関わってくれた人達、心の底からありがとう。本当にありがとう。




..2014/11/04.ADDICT Ba.Kazuki.

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明日で解散。想うことは、たくさんあります。





まだ高校生だった頃、Kaiとバンドを作り、当時俺が一方的にファンだったso-taを誘った。

その頃からもう、ADDICTというバンド名で活動していました。


最初のADDICTも、いろいろなことがあって一度は解散していて。

そのあと、so-ta,Naoto,NejiとFake of Realというバンドをはじめました。

これがもう3年くらい前かな。早いものです。


そのFake of Realも割とすぐに解散をして、Kaiをヴォーカルに迎えてADDICTを再結成しました。



そうやって振り返ってみると、Kaiとは合計4年くらい、Naoto、Nejiとは3年半くらい、so-taとはもう5年近く一緒にやってきたんですね。


バンドや音楽の話を抜きにしても、本当に仲が良くて。

バーベキュー、サッカー、川遊び、ビリヤード。機材車にみんなで乗って、レコーディングやライブへ行った。

とくに飲み会は何回やったか数えられないな。



そんなメンバーたちと、自分たち自身が聴きたいと思えるような音楽をできた。

本当に、幸せでした。






まだまだ書きたいことはたくさんあるけど、それはまた明日のライブが終わってからにしようかな。















ツイッターでも告知しましたが、明日は物販でなにか1つでも購入してもらえれば最後のシングル「雲レ日」のCDRをプレゼントします。


俺も大好きな曲です。


本当は、アルバムも出したかったな。音源として残せなかった曲がまだまだあるんです。

もし、解散したあとにでも作れるなら、とは思っているけどね。










明日は間違いなく、最高のライブをします。


Birth新宿で待ってますね。


先月、友達の祖母が亡くなった。


先週、小さい頃からお世話になっていた近所のおじいさんが亡くなった。


一昨日は、8つ上の友達の母親が亡くなった。




不思議なもので、こういう事は短い間に続く。



おじいさんには、二十歳になったら酒を呑もうと言われていた。俺が呑めるようになった頃にはもう、施設に入ってしまっていた癖に。

俺だって、一緒に呑んでみたかった。ごめんね。


孫のように可愛がってくれた人に最期の挨拶ができなくて。後悔や悲しみや、いろんな事を想った。





先月祖母を亡くした友達は、もちろん悲しいけど、ホッとした気持ちだと言っていた。

俺にはまだよくわからない感情だ。








当たり前のことかもしれないけど、会ったことのない人の死には、あまり大きな感情はなかった。

自分に近く、繋がりの濃かった人ほど亡くなった時の悲しみは大きい。


死は愛情の裏側の存在だって、誰かが言っていた。


それは、なんとなく理解できる。


だからこそ、愛情や恋愛を軽々しく歌うことや、死を全くの不幸として、タブーのように扱うことに違和感を感じる。






俺は多分、死ぬことを考えながら生きてる。

それを誰かがネガティブだと言った。でも本当にそうなのかと、自分と会話を続けた。


生く先には必ず死があるはずなんだ。多分、唯一のはっきりとした未来だと思う。


未来を見据えて生きることをしないで、ポジティブと言えるのか。本当に「前」向きなのか。



そしてどんな生き方をしても人の行き着くところは同じで、元居た場所に帰っていくんだと思えた時、それは俺にとって一番の救いになった。またひとつ、この生き方をする覚悟になったと思う。




もう少し、自分の中で整理がついたら。悲しいけどホッとした気持ちというのが理解できるようになるのだろうか。




















少しだけ、いつもと違う雰囲気で書いてみました。


前回のライブ以来の更新です。ツイッターのほうが更新率は高いので良かったらフォローしてください。ツイッターkz_ADDICT



こんな風に、身近な誰かが亡くなったって、バンドの運営はしなくてはいけないし、レコーディングのお仕事を頂けばその連絡もしないといけない。


当たり前のことなんですけどね。

それほどに死は身近で、すぐ横にあるもので、ただ不幸な良くないことではないと思うのです。

自分の表現活動の中で、それを織り交ぜていきたいと考えています。



きっとこういうテーマを扱うなら。

ツイッターで友達やお客さんと会話することも、ツイキャスの放送も、自己プロデュース的な見方をすればするべきではないけど。


それはあえて、というか、当たり前の日常のすぐそばに死がある、ということがコンセプトなので、アリかなと、思ってやっています。






そしてこの文章を書いていて、バンドも同じだなと思いました。

愛情のぶんだけ、解散の悲しみも深い。



あの時のライブ行っておけば良かった、なんて、俺がおじいさんに想ったような後悔をしないでくださいね。



11/2Birth ADDICTラストライブ。