文句やジャッジをする人は実は○○~それも進化です~
文句やジャッジをする人は、心の中に「不調和」が多い人です。
人の粗探しをしている人が多いですね。
その要因は大きく2つあります。
その人の正義感があります。
人それぞれの生まれ育った過程においてその人独自の正義感が出来上がっています。
他人の価値観を否定し自分の正当性を主張し、
自分の存在を保とうとしているんですね。
この正義感を手放さない限り摩擦は生まれます。
また、ジャッジして優越感を得ているのは、実は・・・
それだけ自分に自信がないのです
欠けている、不足感があるのです。
欠けている、不足感を埋めるために外側に文句やジャッジをして埋めようとしているんですね。
そして、被害者意識があるときには自分を変えようという発想にはりません。
自分が可哀想だと思うばかりで、誰かのせいにしてしまいます。
一方、「調和」された人とは自分の内側が満たされた人です。
不足感のない状態です。
不足感のない状態とは、仮に物質的には金銭的に貧乏だとしても、内側が満たされていると不足感がなく調和された状態です。
魂は進化している
魂は常に成長しています。
現実世界では、組織や人に文句やジャッジをする人も同じで成長しています。
その魂にとっては、組織や人に文句やジャッジをする事が今必要な学びなんです。
しかし、そういう人に同調する必要はありません。
私達人間には心の世界を選ぶ選択の自由があります。
どんな人とどんな事を共有したいか、自分の心に問い合わせてください
皆平等に力が備わっている
私達はどんなに困難で理不尽な出来事も、組織や人のせいにして、
ひたすら文句やジャッジをし続けることもできますが、
そのネガティブな出来事を、ポジティブな出来事として捉える事ができる力が皆平等に備わっています
だから、例え不平や不満があっても、自分の事を自分で見捨てないでください。
自分を救えるのは自分なんですから
起こる出来事はニュートラル
スピリチュアルな観点からいうと、物事の出来事には本来良い悪いはありません。
ただ起こっているだけでニュートラルです。
人間がその出来事に対し様々な"感情"をつけているだけです。
つまり個々の捉え方で物事の良し悪しが決まるという事です。
これが世間でいう、幸せと幸せでない人の違いです。
何かの気付きやヒントになれば幸いです
いつもありがとうございます
