こうやっているうちに時は経つ。

どんなことを思っていても、なにを考えていても

老いていく。


自分の今の状況が少しづつ変わって自分もこれから年をとって老いていくことに対して

無性に怖くなって、自分がいつか死ぬってことがリアルに急に迫ってきて怖くなった。


この体も顔も老いていくのだ。

今私はこんな人生でいいのだろうか。

やりたいことをやっているのだろうか。

自分の今までの選択はけして間違ってはない。

というか後悔はしていないつもりだ。自分でこれを選択して進んできている。


今、何が大事なのか。

何を自分が求めているのか。


成長したいし、いろんな出会いを求めてはいるけれど、大切にできなかった出会いもある。

私の怠惰な性格によって人にご迷惑をおかけしていると思う。

それで縁が切れてしまうのはもったいないし、どこか悲しい。


私から人を嫌いになることはほとんどといっていいほどないが、向こうが嫌いになることはある。

今まで二回ほど「女じゃなかった殴っている」と言われたことがある。

どちらもまったく違うことでだけど。

もちろん私にも悪いところがあって、正しくない面が不愉快にさせたことがあるのだろう。

それについては謝罪はしたし、自分としても関わりはもっていないつもりだ。

ただ、ひとつ許せないのは自分の近しい存在にその出来事を吹聴することだ。

自分の主観をもって嫌いになったり、もう二度と会いたくないとかは勝手に思うのは自由だけれど、

その主観を他人にも影響させる発言をして、周りを取り込むような行為は良くないと思う。


くだくだと御託を並べていますが、

何年もそのことについて誤解があって、それについて許すとか理解するとかもできない小さい器と

一方的な発言を鵜呑みにして、のけ者にしようとする差別意識の強い周りの人の考え方に

合わせることができないし、その世界は私にはあまりにも狭いと思う。


まったく関係のないところで彼を怒らせたことについて、そしておれもお前も悪かったと 一緒にされる筋合いがどこにあるのだろう。

私は社会人で朝から晩まで労働基準法違反しまくってる会社にいて毎日働いているし、

それなりにお金を稼いで、生活させてもらっている。

一緒にしないでほしい。


私の何が悪いのか。謝罪のほかにできることもない。

許すことができないのならそれを受け入れて、距離を置く。

私はもう彼に許しを乞うこともない。


今更あなたが掘り返さないでほしい。あなたは私に傷を負わせたことについて何も触れていない。

あのころの私はすべて私が悪かったと思い込んで、どん底でした。

ひとと付き合うことに慣れていない下手な私でした。


魅力的なものはすべて近づきたくて大きなやけどしてしまいした。

大きくてひりひりと痛み自分のことが嫌いになりました。

すべてがどうでもよくなったのです。

ずいぶんと自分を傷つけて、ずいぶんとじぶんを蔑ろにして、痛めて痛めて


やっと、見えた。不安だけど光が見えたの。


見失わないように心にとどめておきます。




大好きな自分。

大好きなあなた。


大好きな友達。

いつまでも傍につきそっていてほしい舞台。

これからも付き合っていく仕事。


短いけど私には大事な家族。


どんなコミニュティにいっても一人ぼっちで安心する。

どれもまざまざと大事なのです。



これからも感謝します。

この体。

この声。

この顔。



元気でいてくれてありがとう。

明日も元気でいられますように。




かしこ

毎日が、ときめきを探している。


どこか求めている。


そうゆう病気なのか。と思うくらい依存している。

刺激は常に求めているのかもしれない。


なにかが手に入らなくて、それを求めてももう二度と手に入らないものということはわかる。

からこそ欲しかったりするんだろうなぁ。。。


ほしい。ほしい。はぁ・・・。

好きになりそうになって、今の生活を変えたくなくってあきらめるとかじゃなくて違う男で違う刺激をえることで中和させるのはかなり独特やなぁと我ながら感心してしまう。



また、あとくされがなさそうな人間を選ぶあたりも

こすい自分の欲求やなぁとほとほとあきれ返ってしまう。



いろんな男を知って、いろんなものを視て、一体私には何がのこるんだろう。

幸せだった思い出や悲しかった言葉、傷ついた出来事や嬉しかったもの

記憶には残るけど、自分に最も近しいものからは離れて行ってしまう。

それがすこし寂しい。


少し前の私だったら、今の彼氏を捨てて、あの人のところへ

と思うかもしれない。


けれど、少し成長したから。というかしたいから言わない。

ただ、とても憧れて 好きで 見ていていたくて 自分にはない魅力をもっていて

たまらなく悔しくて羨ましくて そのやさしさに埋もれていたかったけど。



つかず、はなれずおばあちゃんになっても仲良くしたいから

おばあちゃんになってもときめいていたいから


だから今は少し離れておくね。



わたし、成長する。



こうゆうことはあまり言いたくはないが、


私はいつからか、夜の霞になりたがっていた。

霞のように現れ、霞のように去ってゆく。


甘い、紫とピンクとがどろどろとした霞がある晩やってきて旅人を癒してゆきましたとさ。


そんなおとぎ話にでてくるような霞でいたい。のだ。


そうゆう欲求はなんと呼んでいいものか、迷うがやはり 霞 というのがしっくりくる。


たまに、ごく稀に霞になりたくなるのだ。猛烈に。

でもそれはただ誰にでも無差別にではない。

普段から、いいなとか好意を寄せているひとにしかそうゆう態度はとらない。

自分をどうでもよく モノ としか扱わないような人とはそうゆうことしたくない。


せめて人として、扱ってはほしい。


でも一番でなくて大事ではなくて良い。あれは一体なんだったんだろうと、狐に化かされたような体験であって欲しい。

次の日、ケロッと忘れて会いたい。


そうゆう晩があってもいいじゃないのと思うのだ。

ただそれはあまりにも一方的で勝手でぶっきらぼうだ。相手を傷つける可能性もある。


大昔にラブホまで行ったのに相手が役に立たなくて最後までしなかった思い出はある。

私は傍にいれるだけで、ひと時一緒にいれただけで幸せでしたが、

何年か経って、その彼から連絡があった時に、執拗に誘われました。


やはり、一度逃した据え膳は惜しいものなのだなあ・・・。と考え深いものでした。

だってその時の私の格好ときたら、仕事帰りのまったくもってダサい格好でどすっぴんで大変お粗末な格好だったのにも関わらず。



あぁ、霞でありたい。