12月半ばに私の働くターミナル駅に小さなショップが2店オープンしました。一つは軽食、一つはキャラクターものの雑貨屋さんで、お土産になるストラップやペンなどの類も置いています。
ところが場所が問題。二階にあるためお客様の歩く導線上にはありません。ですからわざわざ二階へ階段もしくはエスカレーター等で上がっていただかねばなりません。そのショップの隣には子供たちを遊ばせる簡易的なプレイルームや、少し休憩できるベンチなどがありますから
来てもらえばそれなりに売れると思うのです。

ショップ運営をしている営業マンがたまたま来ており、立ち話をしていると何やら話が逸れてしまいました。売りたくても自由に任せて貰えない、そう嘆きます。トップの一言で何でも決まるのだそうです。社長自らが出向いてきてあれこれ指図した結果があの店?
正直言って、ディスプレイのセンスは素人です。キャラクターがごちゃごちゃと定まらない展示をしています。営業マンはよくわかっていますが、なかなか上に対して意見できないようです。
備品や店舗にお金をかけた割にはセンスがイマイチです。必要ない屋根、商品まで届かない小さな電球。
同じグループ会社に働く営業マンも同じことを話していました。
「上のやり方が間違っているのはよく解るけど、私には守らねばならない家族があるんです」
真面目な顔で彼は言いました。何かしら変なことを口走って会社をクビになれば困るそうです。私と違ってまだ転職も十分叶いそうな年齢なのに言うことオヤジ臭い…真剣と言えばそれまでですが。

そういう訳で店は今風ですが、なんだか有り得ない状況下にあります。

いつまで持つかしら。




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プラン・ジャパンの活動の一つに「Because I'm a girl 」というのがあり、毎年10月に青山でイベントを行います。開発途上国の女の子達の地位と職業訓練向上を目的としたもので、現地からの報告や講演などで現状を知ることができます。
初めてイベントに参加したときも然り、私はずっと以前から世界のこのような女の子達の力になりたいと考えてきました。

まだ二十代の頃、男女雇用機会均等法が施行されました。当時、新卒で入社した会社は東証一部上場企業で、男子は大卒、女子は短大卒しか原則採りませんでした。数少ないコネ入社の女子のみ大卒で、私はその内の一人でした。
この一見画期的な法律は、殆どこの会社では機能していませんでした。一般職の女子は入社後2年経てば、所属する長の推薦を受けて試験を受け、男子と同じ職掌へ変わる制度を設けてありました。しかしながら2年経過した時、当時の上司と折り合いが悪かった私の所へは、人事から回ってきた職掌変更試験の概要は一切知らされる事はありませんでした。試験の話を初めて聞いた時には既に締め切りは過ぎており、短大卒の同期2人が試験を受ける事実を知りました。
後に嫌な思い出を残して最初の会社を去りました。短大卒の同期は殆ど社内で相手をみつけ、結婚して退職していきました。このような状態がまかり通っているのに男子と同じ職掌になりたい女子が増える訳がありません。男と同等の仕事をして高給を得るよりも、高給の男の妻になる方が楽なことは誰でも知っています。
高度経済成長時代に築いたこの国の家族のモデルケースは、ある意味とても女性に優しかったのかもしれません。
学生時代から上野千鶴子氏や木元敦子氏の著書を読み漁り、女性リベラルの手本であるフランスと縁があったおかげで、向上心のある働く女性の味方にはなっても、男の気をひく努力は怠っていた時期がありました。
ある日、何年も前に廃刊になってしまったコスモポリタン日本版の本を手に取り、愕然としたことを憶えています。それは中東のある国の女性の話でした。
ご存知のように宗教上の理由から、近親者以外に顔を見せることもままならない国があります。一夫多妻制度もあることから、殆ど女性の権利は無視されてその一生を終えます。記事に載っていた女性は無実にもかかわらず、姦淫罪で顔を焼かれ、命はとりとめたものの苦しみしかない人生を送ることになります。国を脱出して人権団体に保護されてのインタビューでしたが、最近のニュースを見ても類似した事件が当たり前のように起きている現実があります。
南アジア、アフリカ、そして中南米。まだまだ救わねばならない女性は絶えることありません。
自分に出来ることは本当に些細なことです。何かをしているなどと偉そうに言えることはありません。でも今後、生ある限りは何らかの啓蒙活動と祈りだけは続けていきたいと思っています。
貧困が生む悪循環をなんとかして良くなる方向へ。女性に限らず人間みんなが誇りを持って生きがいを持てる人生を送ることができるように…
諦めません。



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年末年始が怒涛のごとく去り、ついでに祖父までサラッと帰幽してしまうという忙しない年を迎えました。

六星占星術(H木さん)では私、今年最悪の年のようです。信じている訳ではありませんが、12年毎の節目には何かしら起きているのは事実。各々憶えているから結構大きなことです。占いに限らずある一定の年齢の節目には、身体や生活の変化があるのかなとは思います。
妹は結構流されていて、何かあると六星占星術のせいにしていました。一年我慢すれば良くなると耐える精神も大切ですから、話だけ聞いている姉の私です。

そういう訳で本を読んでもあまり良くない運勢ですから、派手な事は避けた方がよろしいかしら…と思いつつも色々と考えています。

秋から冬にかけて果実の販売が好調でした。生産者は超アナログなので、パソコンさえやりません。やりとりは電話かFAXです。とても美味しいのでそれならば私自身でWebショップ立ち上げようかしら…などと密かに企んでいます。私の会社はそこまでやる気なさそうですし、立案してもやるのは私一人になるのが目に見えています。
一年半かけて生産者とも仲良くしてもらえるようになりました。田舎の爺様と仲良くなるのは並大抵の努力では出来ませんでした。一癖ふた癖は当たり前。水掛け論もあり、罵声を浴びることもありました。理不尽さに胃が痛くなったり、泣くこともいっぱいありました。
こうして築いてきた僅か一年半ですが、おかげさまで売上も昨年比30%アップ(*^o^*)

今年の豊富は、「派手な事はしないつもりだがする可能性あり」ってとこでしょうか。
毎年同じな気もしますけどね。










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